第16話「セシル vs 王宮魔術師」
「あんたが『天才』アーチャー、セシル・エクダル?」
女のぷっくりとした赤い唇が、自信に満ちた声を紡ぐ。
「……そうだけど」
セシルが平坦な声で返すと、女は勝気に吊り上がったエメラルドグリーンの目で、品定めでもするかのようにじろじろとセシルを眺め回した。
「……ふうん?」
そして、上から目線の半笑いで、
「やっぱり、田舎者は貧相ねぇ」
と、
セシルはむっと唇をへの字に曲げた。
(なんだこいつ……!)
シルヴィアはハイヒールをコツコツと鳴らして鍛錬場の真ん中まで来ると、「傲岸不遜」という言葉がぴったりな顔で微笑んだ。
「あたしはシルヴィア・ベルティ。王宮魔術師『マジスタ』よ。つまり、アルファルドで一番優秀な魔術師ってことね」
そして、意志の強そうな瞳でまっすぐにセシルを見て、
「嫌いなものは『凡人』。嫌いな言葉は……」
翡翠の瞳を眇めて、
「──『天才』」
「……!」
ぞくり、と背筋が泡立った。
その表情からは、派手に飾り立てた美女には不釣り合いなただならぬ凄みを感じた。
シルヴィアは凍るような目でセシルを見つめて、
「あたしね、この世に天才なんていないと思ってるの。でも、あんた、天才なんでしょ? ……だったら、本当にそんなものが存在するのかどうか、このあたしがたしかめてあげるわ」
シルヴィアは風に運ばれるようにふわりと後ろに跳躍すると、杖を掲げてセシルたちが話している言語ではない何かを口にした。おそらく、魔術の発動に必要だといわれている古代語か何かを。
すると突然、石でできているはずの鍛錬場の床が波打った。
水たまりが揺れるかのように蠢く床が、セシルとシルヴィアの間に数十か所出現する。
その波紋から、にゅっと人の頭のようなものが突き出てきた。
「っ……!?」
頭に続いて、胴体、そして足が地上に現れる。
ぽこぽこと生まれるそいつらがセシルとシルヴィアの間を埋めていき、鍛錬場にはあっという間に数十体のでかい土人形が姿を現した。
ふふふ、とシルヴィアは不敵な笑みを浮かべる。
「セシル・エクダル……弓矢でこのゴーレムたちを全滅させられるかしら? それができたら、試験は合格にしてあげるわ。王国騎士団入団試験、あんただけの特別ルールよ!」
シルヴィアがロッドを振ると、ゴーレムたちは一斉にセシルに襲い掛かってきた。
「わっ……!」
右から襲い来るのはゴーレムのパンチ。
それを避けると、今度は左からゴーレムの腕が降ってきて、
「っ……!」
セシルは間一髪のところでそれをかわす。
ドゴン! と狙いを外した巨大な腕が床にめり込み、
「くっ……!」
(くそ、数が多い……! これじゃ避けるだけで精一杯だ……!)
……そのとき、ゴーレムの群れの隙間から、一瞬だけシルヴィアの薄ら笑いが見えた。
(……!)
その余裕綽々の笑みを見て……セシルの闘志に火がつく。
(あんなやつに負けてたまるかっ……!)
セシルは持前のすばやさでゴーレムたちの間をすり抜け、少し開けた空間に出ると、
「…………」
呼吸を整えて、静かに弓を引いた。
──すっ、とあたりが静かになる。
(……できる……)
攻撃をかわすのだけで精一杯だった頭が、反撃の手立てを考え始める。
(まずは、目の前のあいつ)
すぱん、と矢を放った。
ピンと張った弦の上を滑るように、矢は目の前に重なったゴーレムたちのわずかな隙間をすり抜けて、つぷんとターゲットの眉間に突き刺さった。
矢の餌食となったゴーレムはどろりと液状化し、床に溶けるように消えていく。
カラン、と軽い音を立てて、矢だけが床に落ちた。
セシルは二本目の矢を放つ。
それもまっすぐにターゲットの眉間を射抜き、そいつが溶けて消えるのを見届けるより速く、
──ピュンッ!
三本目の矢を放った。
一瞬後、ゴーレムが溶けた床の上に、カランと矢だけが転がった。
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