第3話「人形の誇り」05

 昴が得意とするのはショートレンジインファイト。相手の懐に潜り、自身の持てる攻撃力を最大限に生かす事が出来る。

本来であれば潜る前にカウンターを受ける事もあるし距離を開けられてしまう可能性もある故になるべくなら慎重を期すのだが、今回はそうはいかなかった。

相手の鋭い蹴りや伸ばされた腕など気にも留めずに掻い潜り、防ぎながら、拳を固めて腹部に撃ち込む。

これが魔法の力というやつだ。


「かってぇ……! お前、まさか……!」


 拳から伝わる鈍い衝撃。どこかで味わったこの感触。記憶を辿り、即座に見つけた――肉体強化は頭脳も強化出来ているのかもしれないと感じたらしい――。


「人形か……!?」


 すっかり頭から抜けていたが、先日捕らえた小火騒動の犯人も同じように強固な体で、恐ろしいまでの運動性能を持っていた。そしてそれは創られた存在。

命はなく、主の思い通りに動かす事が出来るらしい。

 腹部に突き刺さった腕を撥ね退け、距離を置いたかと思えば急接近からの猛攻。人であれば出来ないであろう可動域を最大に生かした打撃。急に視界の端に入ってくるようなラリアット。凄まじい勢いを持っているにも関わらず風を切る音すらない。


「大技っ……! さすがに隙はあるな!」


 頭部目掛けて飛来するそれを左腕一本で受け止め流しつつ、右肩を入れ込んで当身と肘打ち。普通にやっただけではそれ程効果も期待出来ない技かもしれないが今は全てが強化されているのだ。たとえ微々たる力でも増幅され、威力を増す。

 揺らぐ上体。またもや距離を取るつもりなのか右の足を強く地面へと叩きつけようとする。

 昴は、相手の流した腕を逃すまいと即座に手首を掴む。腕力には然程自信のない左腕での行動だったが、その懸念すらも吹き飛ばす引きだ。魔法とやらはどこまで凄いのか。自分で使えたら、と思う節もあったが今更勉強でどうにかなるものかも分からない。

 地面を蹴ろうとしたが体を思い切り傾けられたせいで届かなかったようだ。空を掻く足。


「こいつは、結構響くと思うぜ――!」


 必殺の距離だ。腕は片方押さえており、防御するには心許無いだろう。更に今は肉体が強化されており、放たれる拳の速度も格段に上昇しているのがこの数回の衝突で把握出来ている。


(全盛期だったらもっと……!)


 過去は捨てようにも捨てられない。現にこうして使ってしまう事になっているのだから。燃えるように熱い力を右拳に溜め込むようなイメージ。腰を捻りながら肩を引く。腰の位置まで下ろした拳。もう限界までエネルギーが込められているのか小刻みに震えているようにも見える。


「シッ――!」


 小さく、強く、鋭く息を吐きながら解き放つ。全身全霊を込めたアッパーカットを。

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