第2話「異世界での生活」22

 圧迫感。遅れて自分が拘束されているのだと気付かされる。昴の足元。うっすらと光り輝く何か。奇怪な紋様や文字が明滅するその中心、そこから伸びる巨大な物。


「……少々荒っぽいとは思うけど、これはどうしても聞いてもらいたい話なんだ。大人しく――」


 これは、腕だ。鎧のようなフォルムでありながら細やかな装飾がされており、ただの兵器とは違うような印象を受ける。そして昴はこの腕の正体を知っていた。昨日同じようにセルディが拘束されていたのをこの目で見たのだから。


「おい、放せ……!」


 いきなりの出来事に昴は驚きながらもこれを攻撃だと見做して脱出を図る。自分の腕程の大きさを持つ指に摘まれほとんど身動きは取れないが、どうにか足は動く。後ろには扉。蹴ろうと思えば届かない事もないだろう。体を揺らせば巨大な腕も少しは揺れる。


「聞いてるのかな……? 仕方ない……」


 あまりにも昴が暴れるため、やむなく人形の力を強めていく。当然の事ながらかなりの加減をしている。そうでもしなければ、この人形は、人間の体など容易く粉砕出来る程の力を保有しているのだから。その調整が出来るのがモルフォだ。人形を使役するのに必要となる力を少しずつ増やし、痛みがない程度まで高める。


「大人しくしてくれないかな?」


「ああ!? お前こんな事されて黙ってると……っ!」


「聞いてくれるだけで良いって言ってるんだ」


 その声が冷淡に変わる直前、体への圧迫が増す。呼吸が辛い。酸素が少ない状態になりながらも昴は頭を働かせる。確かにいきなり襲われた――あくまでも昴の感覚上――だけでここまで気が動転してしまうのも自分らしくない。ここはモルフォの言うように大人しくした方が良いのではないだろうか。冷静になり、暴れる体力も少なくなってきた事によってようやく体が止まる。


「分かってくれれば良いんだ。ドゥーリィーも戻って――」


 ゆっくりと下がっていく人形の腕。一体どこへ収納されているのか分からないが、次第に姿が見えなくなっていく。その途中、ようやく昴の爪先が床に到着した頃、部屋の扉が強く開け放たれた。


「うっせえぞ! って開かねえ……! おいモルフォ何やってんだ! 寝れねえだろ!」


 扉が人形の腕に当たって完全に開ききらず、仕方なくその隙間から顔を出したのはセルディだった。着崩した服に、先程には無かった寝癖。どうやら今の騒ぎで起こしてしまったようだ。


「兄さん……帰ってたんだね。昨日の夜はどこに?」


「あ? ああテトのとこだけど……ってそんなのは関係ないだろ。何やってんだお前ら。暇なのか?」


「兄さんには言われたくないな。……丁度良いや、兄さんにも聞いて欲しい事があるんだけど」


「……ねみぃ」


「良いから聞いて。これは結構重要な事なんだよ?」


 ようやく昴は再び地面に足を着ける事が出来た。微妙に痛む体を動かしながら兄弟の会話に割って入る。


「そんなに重要なのか?」


「そうだね。本当は大々的に公表したいんだけど、学院側が拒否しててね」


 再び椅子を構築。今度はセルディの分もある。幾つ出現させられるのかも気になるが、今は忘れておこう。


「それオレも聞かないといけないのか?」


「ああ特に兄さんは聞いてくれた方が良いのかもしれない……兄さんは覚えてる? 去年の今頃にあった事件」


「……アレだろ事件っていう程でもないやつだろ?小火があったっていう……オレはやってないぞ」


「うん。それは知ってるよ。それで、実はその件でまた進展があったから、話しておこうと思ってね」


 唐突な話題で昴は置いてけぼりを喰らってしまう。さすがに去年の話ともなれば自分には関係ないように思えて来る。


(去年の今頃……入学式だったなぁ……)


 思い出されるのは桜が咲き誇る通学路。思えば制服をしっかりと着込んでいたのはその日だけだったかもしれない。今となっては過去の思い出だが。


「――それで、その事件。調べていたらこの学院の生徒かもしれないというところに行き当たった」


 昴が思い出に耽っている数十秒の間に話が進んでいたようだ。意識を現実に戻すとモルフォの声がまず耳に飛び込んでくる。


「へぇー……何だまたオレみたいな真面目じゃない生徒に容疑でも掛けられてんのかよ?一年越しで復活ってか」


 自虐の笑みを浮かべる兄に弟は困ったように声を投げた。


「笑えないけどその通り。特に学院側はね」


「まあそうなるか……」


「一応聞くけど今回もやってないよね?」


「当たり前だ。やる理由が無い。無くは無いけどやってない」


 ふんぞり返るセルディ。さすがにそこまで悪事を働くという訳でもなさそうだ。

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