第2話「異世界での生活」20

 読んでいた本を閉じ、昴の方へと歩いてくるモルフォ。途中で指を鳴らすと何処からか分からなかったが目の前に丸いテーブルと木製の椅子が二脚出現。


「アレク、お茶とお菓子をお願いね。いつもより美味しいやつで」


「畏まりました」


 それだけやり取りするとアレクは指示された通りの物を準備しに行くのか、部屋から出て行ってしまった。部屋にはモルフォと二人きり。そんな事よりも突如として出現したテーブルと椅子の事が気になって仕方が無い昴。


「ああこれは人形の応用だよ」


「……まったく見えなかったけど?」


 モルフォは言いながら出現させた物を撫でる。そしてゆっくりと腰掛けると足を組んで説明を始めた。座って良いとは言われていないが、別に構わないだろうと昴もその椅子に腰掛けて対面する。


「それはそうさ。だって、これ自身が人形みたいなものだからね」


「……?」


 どう見てもただの木製オブジェにしか見えないので昴は首を傾げてしまう。するとモルフォはもう一度昴の目の前で指を鳴らして見せた。目の前で音も立てずに変形し、床と一体化するテーブルだった物。


「何だそれ……」


「いつもはただの床さ。だけど使う時だけこういう風に――」


 もう一度、パチリと。滑らかに、本当に木製であるのかと疑ってしまう程の動きだ。これも人形使いが為せる技なのか。


「――テーブルにする事も出来る。ただいつも床だから厚めの布を敷かなきゃならないんだ」


「そりゃあ、そうだろうな……」


 この世界の人間は部屋の中でも靴を履く文化のようなので――昴は寮の自室では脱いでいたが――それをテーブルとして使うとなるとやはり汚れなどが気になってしまうのだ。


「で、布は敷かないのか?」


「まあ待ちなよ」


 天井を指差す。釣られて昴も頭上を仰ぐと、そこには真っ白な布。まさかとは思うが――


「マジか……」


 モルフォの指が動くと同時。天井からその布が舞い降りてきたではないか。


「この仕掛けを考えた先祖はさすがだね」


「こんなのが他にもあるのかよ?」


「そうだね。至る所にあるよ。大体の事は人形と仕掛けでどうにかなってるかな」


 その言葉で昴の頭に思い浮かんだのはからくり屋敷だ。様々な箇所に施された巧妙でありながら利便性もある仕掛け。きっとこれは使用する側の生活のためだけではなく、侵入者にも対応出来る物があるのではないかと想像してしまう。


「全部把握してるのは居ない、のかもね……」


「へえアレクさんでもか? あの人なら知ってそうだけど」


「うん。アレクも元々は実家に仕えてた人間だからここに来たのは兄さんが入学してからかな?」


 数年前に来てそれでも把握出来ていないとはどういう事なのだろうと不思議に思ってしまう昴だったが、それ程までに多くの仕掛けが成されているという事だ。下手に触ったら大変な事になりそうである。


「失礼致します」


 話をしていると扉の外からアレクの声。用意が出来たのだろう。モルフォは一声掛けてそれを招き入れる。登場したのは銀製の、所謂サービスワゴンにも似た台車を押す先程の人形。付き添うアレク。ワゴンの上には高級そうな純白のポットやカップ、少ないながらも用意されたクッキーのような物。まるで貴族のティータイムだ、と昴が驚いていると、人形とアレクが手分けして準備を進めていく。


「……それで、ここに俺を呼んだ理由は?」


 人が居るという状況を選択。企みがあるとするのなら、ここではぐらかしたり時間を掛けようとするはずだ。

 しかしモルフォは笑顔でこう答える。


「言っただろう? 君と話がしたいって」

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