第1話「パラレルワールド!?」45

 この空気で誰がそのような事をするのだろう、と昴は首を傾げる。

余程空気の読めない人間か、目立ちたがりか、それとも。その好奇心でゆっくりと近付いてみる事にした。後ろを振り返るとアイリスは既に居なくなっているではないか。ここで一人置き去りにされるより、足を動かして状況を確認する方が良いに決まっている。止まる事よりも進む事を優先する性格なのだ。人混みに近付くに連れて、囁きは減っていく。鋭い視線もちらほら感じるが、これは一体何なのだろう。


(まあいきなり取って食われる訳でもないだろうし……)


 ここはあくまでも堂々と。怯える事無く、手を振っている人物へと歩みを進める。しかしここまで近付いているのだから自分から出て来ても良いと思うのだが。ここでふと、考えてみる。昴の事を知っている人間はどのくらい居るのかと。アイリスはこの場に居ない。モルフォやセルディが手を振るだろうか。となると答えは簡単だった。


「レイだな。うん、それしかない」


 この場に近付いた時に見掛けたのだ。昴がこの世界に来るきっかけとなった人物。真剣な眼差しで先程の戦闘を学んでいたレイセス。彼女自身が大立ち回りしている姿は皆目見当も付かないが。そうであれば出会った時点であの集団はどうなっていたのか。考えるだけで恐ろしい。


「丁度良い所に来てくれたね、編入生君。せっかくだから皆に紹介してあげるよ。この集団に顔が伝われば、後々学業が楽になるよ」


 手前。ひそひそと話す生徒たちに聞こえないよう、昴の目の前でそう語る教師。口元には思惑が図れない笑みを浮かべて。


「それは助かりますよ。“こっち”の勉強は、ちょっと難しそうなんで」


「承知したよ」


 それでは、と昴の横に並び、手を叩く。沢山の瞳が自分に集められていくのが実感できる。しかしこの昴、それは別に苦手ではない。大勢の前で喋るのも特に苦ではないのだ。相応のコミュニケーション能力ならば持っている。


「えー、さっきも言ったけど彼は編入生だ。まだどこに編入するかとか、その他諸々の手続きは終わってないみたいだから決まってないん……だったね?」


「そうですね」


「せっかくだし、顔と名前をはっきり覚えて貰おう。これから仲間になるか、はたまた敵になるかは分からないけどね」


「敵ってなんだ……?」


 眉を顰め、言葉の意味を考えてみるが、答えは出ない。だから、ここはそれっぽく自己紹介しておくことに。


「諸星昴です。これと言って面白いことは言わないけど……特技は運動とだけ言わせて貰おうかな。とにかく、これからよろしくお願いします」


 あくまでも気負う事無く楽に、それでいてそこまで畏まらず最低限の情報を伝える事が出来ただろう。インパクトは大事だと思うが、何事も最初が肝心である。下手に動いて失敗して妙なあだ名が決まっては面倒だ。


「モロボシ君と言う、新たな生徒だ。皆、拍手で迎えてあげるんだぞー」


 疎らな拍手。それは歓迎していないからなのか、それとも年頃の恥ずかしさから来るものなのかはたまた興味がないのか。正直どうでも良かったが。


「一つ、質問良いですか?」


 中性的な声と同時に手が挙がる。そこへ視線を投げると、男子生徒が居た。しかもそれは――


「何だいフェノン君、君が授業中に発言するとは珍しいね」


 ――先程まで脅威の戦闘を繰り広げていたフェノンだ。彼が、昴に興味を示している。


「ええ。そこの彼の実力、見たいので……」


 歩み出て、昴の目の前に。近くで見ると、身長はそれ程高くなく、昴よりも小柄で細い。ただ、真っ赤な瞳はとても威圧的で、射抜くように鋭い。


「と言う事みたいだけど、どうする、モロボシ君?」


「あー……どうしてこうもここの人は好戦的なんだよ……だけど、俺は売られた喧嘩は買う性質なんだ。逃げねえさ」


 恐怖心はある。あるに決まっていた。何故なら先程超常的なまでの力を見せられたのだから。だが、逃げるのも性分じゃない。なら、どうするか、だ。


「そうこなくては、な」


 ニヤリ、と不適に唇が曲がるのを、昴は見逃さなかった。


(何か、企んでるとしか考えられないな……だけど、どうやって戦う?)


 思案。並みの人間である昴に、手が出せるのだろうか。


「ま、待ってください! それなら、それなら私も参加します!」


 思考回路をフル回転させていると、後方から何やら聞き覚えのある声。


「『アレイシア』君……? 何を言っているのかな?」


 人混みを掻き分けて来たのはレイセスだ。しかし、教師からは別の名で呼ばれていた。その疑問について考える間もなく、フェノンが返答。


「別に構わないです。早く始めよう」


 こっちは既に戦闘態勢だ。


「その、名前の話はまた後で……」


「お、おう……ってかマジでやるのか?」


 言いつつレイセスを庇うように立つ。生徒たちも察知してか離れているではないか。


「怪我だけはしないようにねー」


 教師は手をひらひらと振って職務責任放棄。とは言っても既に昴自身がやると公言してしまったのだ。こればかりは仕方ない。自分の性格を恨もう。


「そろそろ勝ち星が欲しいからな……!」


 慣れ親しんだファイティングポーズ。準備は整っている。

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