第1話「パラレルワールド!?」39
部屋まで案内される間昴は忙しなく辺りをキョロキョロと見回していた。前方二人が通るたびに廊下ですれ違う老若男女が一礼して、通り過ぎるまでじっと動かない。それは彼女らの身分が高いだというのを改めて認識されるだけで、昴が気にしていたのは時折覗く窓の外の景色だ。すっかり日は落ち、夜である。空には色とりどりの星が散りばめられており、そこは昴の世界と同じ。しかし明らかに違う点があったのだ。
「えっ……月が……三つ……? 疲れてんのか?」
そう。澄み渡った夜空には月と思しき物体が三つも浮かんでいるのだ。しかもそれぞれ薄い赤に暗めの青、そして昴が良く知る黄色がかった月。
見つけた当初はただ見る方向によって見え方が違うのかと思い強く目を瞑ったり、擦ったりしてみたが、どうやら違うようだ。確実に三つある。見間違いではない。
「……なあ、あれって全部月なの?」
歩きながら、疑問に思った事を口にしてみた。謎は謎のままではなく、解決しておきたい性格なのである。
「そうですよ? 赤い月がエリュイ、青い月がアズール。そして黄色い月がゲイルです!」
「スバルの世界には無いのか?」
「いや、月と星はあるけどさ……三つも無かったな。一つだけ。模様は見る土地で違うってのは知ってる」
蟹に見えたり女の顔に見えたり、昴の国では餅を搗く兎が一般的だと補足しておいた。しかし、そんな補足は綺麗に流され、ヴァルゼ。
「一つでは月の加護は無いではないか」
「はぁ? 加護?」
ゲームくらいでしか聞いた事の無いような単語を投げかけられた昴は素っ頓狂な声を挙げてしまう。するとそこにレイセスからの優しい解説が入る。
「えっと、エリュイは力と勇気、アズールは知性と優しさ、ゲイルは生命の象徴と私たちは小さい頃から教えられるんです。だから夜は全ての力が強まるんですよ」
「姫様の仰る通り。牢屋の中も終始明るかっただろう? あれは月の力を感じさせないための工夫で――」
「人はそれぞれ加護を受けやすい色があってですね――」
「……」
良く分からなかった。聞いたは良いが、そこから謎が派生すると思わなかった昴はとりあえず、名前だけ覚えておく事にした。この知識を使う日が来るとは微塵も思わずに。
そうこうしている内にどうやら部屋に到着していたらしい。昴はさっきの謎がなかなか頭から離れず、ここまでの道順をほぼ覚えていない。これはきっと起きた頃には迷子だろう。
「さあここですよ!」
「こいつは……」
大きな扉の奥に広がっていたのは輝かしいまでに整えられた一室。花瓶だったり絵画だったり机や椅子までもが美しく磨かれ、これまた昴にはもったいない部屋である。
「どうだ、牢屋なんかと比べ物にならないだろう」
「そりゃあな……ここ、俺なんかが使っても良いのか?」
あまりにも神々しい――昴の目にはそう見えてしまう――部屋に怖気づいたのかレイセスに問う。しかしもちろん返って来る返答はこうである。
「存分に! 何かあれば誰かしら駆けつけてくれますからね」
「お、おぉ……」
「ふふっ。それではスバル、ヴァルゼ様、私はここで失礼します。準備もありますし」
「畏まりました。良い夜を」
にこやかに、昴を案内した事に満足したらしいレイセスは足取り軽やかにドレスを翻して去ってい。一人で行くのかと思えばすぐに使用人たちが彼女を取り巻いていく。
「それじゃヴァルゼさん、俺も疲れたからそろそろ……」
「すまないが、立ち話で良いから時間をくれないか」
「? まあ断る理由も無いし」
「悪いな。簡単に言う。スバルが異世界から来たという事はなるべく口外しないで貰いたい」
レイセスが去り、人の気配が無くなった部屋の前。静かに、低く、しかしそれでも響く声でヴァルゼは言う。その言葉は真剣そのものだ。
「それも別に構わないけど……なんで?」
「永らく騎士として生きてきた人間が知らなかった術がある。そんな物が世に広がれば……きっとこの国は傾く」
「確かに、あのざわめき具合は凄かったからな……」
思い出されるのは女王の前で助けられたあの時。言われてみればレイセスの一言で広がった波紋はとても大きかったように感じられる。しかし、そうなると女王の冷静さは――
「広まればその術を探す者が必ず現れる。その被害を受けるのは、この国や姫様だけではない」
思考を遮るように、ヴァルゼの言葉が耳に届く。
「なるほど、異世界から来た俺もその対象になりかねないってか」
「物分りが速くて助かる。全ての障碍から守りきれるとは我々騎士団でも言い切れない……だから――」
「皆まで言わなくても大丈夫さ。言わなければ良い話だし、もしぽろっと口に出しても自己防衛くらいやってやるよ。降りかかる火の粉は払うまでさ……出来る限り」
「心強いな?」
昴の一言に口元をぐにゃりと歪ませるヴァルゼ。純粋に楽しんでいるのか、それとも先程の模擬戦で昴の実力が見えてしまっての苦笑なのか判別は出来なかったがそれでも昴は言う。
「まああれだよ。こんな知らない人間を心配してくれるのはありがたい。だから俺はきっと約束を守るよ。今後一切、俺は口外しない」
自然と昴は右手を差し出す。約束なら小指でも出してやろうかと考えたが、さすがに男同士でそれをやるのも気が引けた。
「しっかりな」
「ああ。任せといて」
その意図を汲み取ったヴァルゼは差し出された手を強く握る。二倍もありそうな手は思ったとおり分厚く、硬かった。
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