知っているつもりはもったいない

こんばんは、埴輪です!


このところ、古典作品や児童文学を読む機会が増えてきた私。


ガリバー旅行記、フランケンシュタイン、ロビンソン・クルーソー、ピーター・パンとウェンディ……タイトルはもちろん、どんな内容かも知っている作品ですが、改めて読んでみると、そのどれもが新たな発見や驚きに満ちていて、自分が知っているだけだったということが身に沁みました……!


そして、この「知っているつもり」ということが、いかにもったいないことか。

今の世の中、気になることは何でもググって調べることができますし、それは執筆でも大いに役立っているのですが、それで得ることができるのは情報であって、知識と呼べるようなものではないと思います。


つまりは「自分のものではない」ということで、いくら情報を集め、組み合わせても、自分の作品にはならないのではないか……そんなことを考えてしまいます。


ただ、知識を得るためには時間が必要で、これが知っているつもりで満足してしまう……いや、満足せざるを得ないという状況を招いているのかもしれません。


今日読んだ「ピーター・パンとウェンディ」に登場するフック船長は、時計を飲み込んだワニに追いかけ回されており、これは「時間に追われる大人」を象徴している……というのはWikipediaにも載っていて、「なるほど!」と思えますが、それを自分のものとするためには、やはり作品を読むしかないのだろうなと思います!

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