樹下

「一つだけ。一つだけ聞かせてもらっていいですか?」

「……なんでしょう」

「なぜ。僕ではだめだったんですか?」

「言わなければいけませんか?」

「踏ん切りたいので」


 彼女は樹下に在り。濃く淡く変化し続ける木漏れ日をそっと見上げた。


「そうですね……」


 ざうっ。一陣の風が、青葉を激しく揺らす。千々に乱れた木漏れ日が、彼女を斑らに染め直した。


「もしあなたが、わたしをここから連れ出してくれたら。わたしは迷わずあなたの手を取ったでしょう」

「そうなんですか?」

「ええ。でも、あなたはここにいるわたしに恋をした。それなら、わたしはここから出られません」


 彼女の目は、二度と僕を捉えることはなかった。


「さようなら」


◇ ◇ ◇


 彼は失意のうちに樹下を離れ、逃げるようにして走り去った。残されたわたしは、木下闇に隠すようにして繰り言をこぼした。


「お地蔵さんをナンパするバカがどこにおる!」



【おしまい】

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