6. 指輪


 なめらかな幼い指には灰色の石がついた指輪がはまっていた。

 ミスタズは肩にかかったポンチョを脱ぎ、コートスタンドに引っ掛ける。その横をすり抜けるようにして入ってきたテウフェルはミスタズの足元で伸びをしていた。

 扉の鍵を閉めたミスタズはポシェットの中から指輪が入ったケースを取り出し、陶器のような艶やかな足を生活スペースがある二階へ向ける。その後ろをテウフェルがついてきて、四本足を器用に動かして階段を登った。

 ミスタズがこの家で一番広くつくってある寝室を開いた。テウフェルが真っ先に扉の向こう側へすり抜ける。

 客の対応をする応接間よりも、食事をとるリビングよりも、本や資料が積み重なった書斎よりも、その他ある小さな部屋よりも。ミスタズが眠る部屋は広い。

 大人の人形がふたつは優に寝転がることが出来そうな、まるで綿帽子のようにふわふわなベッドがひとつ。そのヘッドボードには枯れ木のようなリングスタンドが枝を伸ばしている。

 テウフェルが伏せた場所は柔らかいが毛のたっていない、まるで薄っぺらなスポンジケーキのようなカーペットの中心だった。テウフェルの大きな頭がくてんと前足に乗って傾く。

「ミスタズ。今日の仕事は終わりだろう」

 ビターチョコレートのように深い男の声にミスタズはあくびをしながら頷いた。

「うん。疲れちゃったからね」

 部屋には、ミスタズとテウフェルだけだ。

 テウフェルはふんと鼻を鳴らした後、口を開く。

「ぬいぐるみなんて壊す方が手っ取り早いし、そうすればそんなに疲れることもなかっただろうに」

「あたしが頼まれたのは、ぬいぐるみをどうにかしてほしいってだけ。破壊なんて頼まれてないし、ただ壊すだけには重すぎるウェルトをもらったんだ。――ウェルトに見合った仕事をしただけさ」

 ミスタズは指輪が入った半透明のケースをリングスタンドの横に置いた。指輪を片付けるというロレを与えられたリングスタンドが、枝を器用に伸ばしてケースの蓋を開ける。幾つかの指輪に枝を丁寧に絡ませたリングスタンドは、再び元の動かぬ枯れ木に戻った。

 そして、ミスタズは右中指にある灰色の石が付いた指輪を外そうとしながら、テウフェルを振り返る。

 カーペットに伏せていた犬型の人形は、ピクリとも動かない。

「ミスタズ」

 声がして、そちらへ顔を向けると、そこには背の高い男性型の人形が幼いミスタズを見下ろしていた。

 彼がミスタズの手を取り、指輪を外す。

「いろんなモノを置いても、テウフェルはそればっかりだね」

「これが一番のお気に入りなのさ。――お前をこうやって見下ろせるから」

 右中指の指輪を外されたミスタズの姿は、背の高い女性型の人形になっていた。澄んだ雨のような水色の長髪を指で払ったミスタズは、咲いたばかりの花のように瑞々しい桃色の瞳でテウフェルを見上げる。

「ちゃんと使ったものは元に戻す」

 ミスタズが桜貝のような爪がついた指で、先程まで自身の横にいた犬型のモノを指差した。

 ミスタズの寝室は広い。大きなベッドに、着替えの入った小さなクローゼット、背の低い棚に、活けられた花。そして、余った壁にはぎっしりとモノが――人型、獣型、鳥型などと様々なモノが並んでいた。何一つとしてロレは与えられず、沈黙するだけにはもったいないほど精巧に作られたモノたちだった。

「どうせ明日、出かける時に使うんだ」

「こんなところにあったら踏んづけてしまうよ」

 ミスタズの足が犬型のモノをまたぎ、部屋を出て行く。

 テウフェルは「仕方ないな」と眉を寄せてから、そのモノを掴みあげた。先程まで自身が使っていたモノを壁際の定位置に飾る。

 そして彼はぐるりと壁一面のモノたちを眺めた。順繰りに視界に入れた後、唇の片側だけを釣り上げて笑う。

「やはりこの人型が一番しっくりくる」

 テウフェルは自身の硬くこわばった指を撫で、ミスタズがつけていた指輪をリングスタンドに手渡してから部屋を出て行く。

 彼の硬い指の関節にはそれぞれ球があり、ミスタズたち人形のようになめらかな皮膚はそこになかった。本来ならロレが与えられなければ動かないはずのそれは、器用に階段を降りきって小さな冷蔵庫の横に立つミスタズの手元を覗きこむ。

 花の蜜をコップに注いだミスタズがテウフェルを見上げた。

「君も飲みたいのかな」

「――ブレチェンが食らうのは、お前のウェルトだけさ」

 顎を掬われたミスタズが目を閉じると、テウフェルは柔らかな唇に口付けた。

 ミスタズは自身の中に溜まったウェルトが軽くなるのを感じながら、コップを背の低い冷蔵庫の上に置いた。その左手の親指には、何の石もはまっていないシンプルな指輪があった。

 どうしても外せないそれを思いながら、ミスタズはテウフェルに体を預けるように力を抜いた。



 ミスタズは扉近くのコートスタンドからフードポンチョを取って羽織る。右中指にはまった指輪を確認するようになでてから、扉に手を掛けて室内を振り返った。

「テウフェル、行くよ」

 先程まで男性型でくつろいでいたテウフェルは犬型のモノに移って、ワフ、と気の抜けた返事をしながら、もそもそと立ち上がった。

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ドールプレイ ~探偵ミスタズ~ Nicola @Nicola

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