第143話 最終決戦:七条歩 VS 一ノ瀬詩織 5
「ねぇ……なんで私は死んでいないの……?」
溢れる血が止まることはない。だというのに、詩織の意識は血が抜けるのに比例してクリアになっていく。
「なんで……なんでなの……?」
もうすでにそれは歩への問いではなかった。自問。だが決して、自答はできない。詩織は敗北をして、死ぬ感覚を味わった。だというのに生きている。意識は明瞭。どうしてと言わざるを得ない状況。それを見て歩は思考を巡らせるも、今の状況に答えなど出ないのは彼も同様だった。
(死なない……のか? いやでも……なんだこれは……)
体をなんとか起こして、再び戦闘体勢に入る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
もう呼吸は肩でするのが当たり前になっていた。やりきった。殺しきった。その達成感から完全に気が抜けていたのだが、まだ戦わなければならないという絶望に立ち向かう。
一撃で殺せなければ、死ぬまで殺せばいいのだ。
しかし、彼は気がついていなかった。本当は首を切断し、弾き飛ばしていていれば決着は完全についていた。だが歩は無意識の中で、彼女をそんなふうに、首を弾き飛ばして明確な死をもたらすということを避けていた。だからこそ彼女の心臓を貫いてしまった。
いや普通ならばそれで十分なはずだった。
でも今の詩織にはそれでは足りなかった。
そして、彼女は胸から流れ出る傷を無理やり焼くことで止血をする。
「……う、うぐぅ……あぁああああ……」
その痛みは尋常ではない。いや、それは尋常ではないという言葉で形容できるほどのものではない。詩織は生きるために、まだ戦闘を続けるためにこの苦痛に耐えていた。
何故生きているのかは分からない。でもそんなことはどうでもよかった。まだ生きているのなら、まだ戦えるのならやるべきことは一つ。七条歩を屠ることだけだ。詩織はそれだけのために、自身の胸を焼いて戦闘を続行する。
「ああぁあ……ううぅ……歩くん、まだ終わらないわよ。まだ私は死んでない……」
不屈の意志がその双眸からは感じられた。
何故そこまでして彼女は立ち上がるのか。これはきっと、殺意だけのものではない。彼女には成し遂げたい何かがあるのだと理解する。
「詩織さん……あなたは……」
「解せないという顔ね……はぁ……はぁ……私は知っているの……はぁ……この私は……倉内楓の体を、一ノ瀬詩織の心を持っている……でも、でもね……この意識は仮初めなの……仮初めでしかない……でも偽物が本物になっちゃいけないの? 偽物は悪いことなの……? だからあなたを殺して……私は本物を……手に入れる……」
「あなたは……」
今の詩織は、彼女であって彼女ではない。
本物になりたいと願っている偽物。しかし、何を持って偽物、本物と区別するのだろうか。確かにこの詩織は、本物とは言い難い。詩織の記憶を保有していながら、紛い物の記憶を持ち、自己の確立を成し遂げていない。
歩を殺したいという感情があっても、それは偽物であると気がついていた。だがそれでも、彼を殺せば自分は先に進めるという確信があった。
彼を憎みつつも、大切に思う感情。その内在する複雑な感情を押さえ込んで、彼女は立ち上がる。
本当の一ノ瀬詩織になるために。自分という自己を認め、彼を超えて、その先にある何かを掴むために彼女は進む。
「……六花:
詩織はボロボロの体から力を振り絞り、さらなる能力を解放する。
これは今の詩織、偽物の詩織がたどり着いた彼女だけの力。今まで詩織は、その能力を楓のものに頼りきっていた。だがこの土壇場で彼女は、六花をさらに昇華さえた。
六花:裏ノ花、
彼女の後方に位置する巨大な一つの花。だらりと垂れており、ドス黒い色に染まっている。
「……あぁああああ……ああぁああ」
詩織もまただらりと体を曲げ、ブツブツと何かを呟いている。
正直言って、隙だらけというよりも攻撃してこいと言わんばかりの体勢。歩は絶対防御を発動させつつ、村雨丸を握って彼女に向かって
すると後方の強大な黒い花から真っ黒なレーザーのようなものが射出され、その氷はあっという間に溶けてしまう。
「な……!?」
驚愕したのは氷を破壊されたことではない。その後も彼の後を追うようにそのレーザーは迫り来る。徐々にその数は増えており、レーザーの射出は20を超え始めた。
歩は常時走り回りながらレーザーをかわし、詩織に攻撃を試みるもそのレーザーによる包囲網を突破することは敵わない。
(意識は彼方に行っているのか? それにしても……)
そうあの花は彼女を守っているだけでなく、何かを待っているようにも思えた。
「……あれは?」
詩織を見ると、その体が徐々に変化していることに気がつく。
赤黒い触手のような跡が彼女を侵食している。体全体を覆い尽くし、それは彼女の顔まで侵食していた。歩はその現象に心当たりがあった。あれはかつて見た、
「うあああ……うわあああああ……あぁあああ……」
自らの体を抱くようにして、何かの苦痛に耐える。
あれは止めなくちゃいけない。止めなくては、何かいけないことが起きる。そんな予感から彼は自分の能力を最大限に引き上げ、彼女になんとか攻撃を仕掛けようと試みる。
その攻撃を彼女が生み出した、六花:
そして、大量の黄金の粒子が再び彼女を包み込む。
「くそッ!!?? 遅かったかッ!!」
収束する粒子を見て、彼は時がすでに満ちてしまったと悟る。
この土壇場にきて、
クオリアネットワークを通じてその力の莫大さを感じ取る。
そして収束が終わると、そこに立っていたのはまさに天使と形容すべき容姿した詩織であった。
「……」
目の焦点はあっていない。だというのに、隙がまるでない。すでに鮮花は消え去っており、彼女の絶対防御はもうない。だというのに、今の彼女には一部の隙も存在しない。
天使。それは原典がきっとあるはずである。LAも、
歩は詩織の姿に注視する。
煌びやかに背中から伸びる二つの羽が最もたる象徴。天使と呼ぶべき姿に彼は原典を探し始める。
(天使九階級を原点と考えるべきだが……上級天使なのは間違い無いだろう……)
天使九階級。それは天使をある階級ごとに分けたもので、
歩は
そして、それはまさに役に立った。まさか詩織が
「……歩くん、歩くん……」
ブツブツと呟く詩織の姿はもう、人の域を超えた。いやもともとクリエイターは人を超えているのだが、全世界に認知されることになった。あれは……人外の領域にいるのだと……。
「……詩織さん」
歩は対峙する、この世界の領域から外れた化け物に。
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