第142話 最終決戦:七条歩 VS 一ノ瀬詩織 4

 


 会場にあるVIP席。そこは関係者しか来ることのできない特別な場所。


 そんなところにD-7は一人でいた。いや、正しくは一人にするように手配したが正しい。



「……」


 彼は歩と詩織の試合をじっと見つめていた。互いに繰り出される攻防はすでにクリエイターの域を超えていた。完全到達者同士の戦い。そして、二人が時折話しているのを見て楓はもういないのだと悟る。



 詩織が時折見せる狂気の表情。あれは昔からそうで戦闘時に興奮した際にはあんな顔をしていた。それを思い出すたびに、楓は完全にいなくなってしまったのかと後悔に苛まれる。



 感情を切り捨てたかった。でも、感情は無しには生きられないのが人間。常に理性と感情の間で揺れ動く。正直なところ、楓のことは娘のように思っていた。娘なんてできたことはないが、仮にいるとしたらこんなものなのだろう……そんな感覚に陥っていた。でもいつかは目覚める。詩織が目覚めて、楓は消える。その計画に変更はなかった。変更しようとも思わなかったが、やはりどこか違和感のようなものは拭いきれなかった。



「月子さん……俺は……」



 ギュッと胸から下げているペンダントを握る。月子との大切な思い出にすがらずにはいられない。



「俺は……間違っていない……そうだよね、月子さん」



 そう問いかけている時点で、彼は自分が間違いではないかと思っているのは自明だった。でも大切な誰かを助けるためにこれまで多くの人間を犠牲にしてきた。楓も例外ではない。彼女はその中のひとり過ぎない。そう、思たらよかった。本当に、本当に厄介な感情。でもそれを無理に切り捨ててしまえば、月子を思う気持ちもきっと無くなってしまう。予感ではなく確信。それは様々な実験を経て手に入れた客観的な事実だった。人間の感情を司る扁桃体を切り捨てた人間は、おおよそ人間とは思ない行動をとる。恐怖心もないし、愛情もない。あらゆるものに執着がなくなり、まるで機械のように成り下がった姿を見てこの感情とは死ぬまで付き合わなければならないのだと、彼は悟った。



「……勝ってくれ、詩織……じゃないと俺は……」



 最後にそんなことを言って、彼は再び試合の行方を追うのだった。



 § § §



「……歩くん、本当に強くなったんだね」



 詩織、厳密に言えばクオリアの中に内在している本当の詩織は、倉内楓の体とD-7によって書き換えられた詩織の意識を通じて、この戦いを見守っていた。



 今まではこんな芸当はできなかった。では、なぜ今はできるのか。それは楓の意識が弱まり、詩織の意識がさらに強まっているからだ。



 詩織は歩の戦う姿を見て、感慨深い想いに浸る。あの頃の彼は何をやっても上手くいかなかった。ワイヤーの扱いは稚拙で、普通の人が見ればこいつには才能がないと斬り捨てていただろう。でも、詩織は諦めなかった。これだけ頑張れる人間にはきっと何かある。クオリアを保有していることを抜きにしても、彼はもっと強くなれると確信していた。



 そしてそれは現実のものになった。



 あれから数年経過し、彼はさらに努力を重ねたのだろう。使っている技は派手なものが多く、それに魅了されるのもわかるが、彼は自分の教えてことをただ愚直にこなしている。それを見ることができただけでも、嬉しかった。



 あの幼い少年は青年となり、そして偉大なクリエイターになった。


 もうその能力は全盛期の詩織に迫るどころか、超えているかもしれない。クオリアネットワークがそれを可能にしているのは周知の事実だが、それを掌握している彼の心こそが何よりの強さの証明だった。



「……歩くんなら、絶対に勝てるよ。私に負けないで……」



 詩織もまた、そのままじっと試合の行方を見つめるのだった。




 § § §



「六花:五ノ花、彼岸花ひがんばな



 詩織がそう唱えると、彼女の日本刀には赤黒い炎が纏わりつく。メラメラと燃えるそれはまさに邪悪な意志を感じた。



(触れるとやばそうだな……あれは……)



「……そうだね」

「な……!?」



 現在は完全防御を発動しているというのに、目の前に詩織がいた。惚けていたわけではない。だがしかし、先ほどからの戦闘の疲労で最高のパフォーマンスを発揮することはできていなかった。



「……くそッ!!?」



 未来予知プレディクション完全領域フォルティステリトリーの出力を最大限まで上げ、後手に回りつつもその攻撃をかわそうとする。



 が、その刃は避けることができたものの、わずかにだがその赤黒い炎が右腕を掠ってしまう。歩は慌ててその炎を消そうとするも、消えることはなかった。



(永続的に燃え続ける炎……!? このままじゃ……!!!??)



 刹那的な思考とともに、彼は決断する。そう、燃えている箇所の肉を抉り出して物理的に切り離したのだ。



「……わぁ、歩くんやるね。それが最適解だけど、実行するなんて……さすが私の弟子だね」



 にこりと微笑む詩織は純粋に彼の行動に賞賛を示していた。


 そして、彼から切り離された肉塊は未だに燃え続けている。



「……はぁ……はぁ……」



 削った肉を補うようにワイヤーで巻くようにして止血をする。しかし、血は相変わらずとめどなく溢れてきている。



 このままでは心よりも先に体の方がやられてしまう。そう思った彼はさらに能力を解放する。



「……天眼セレスティアルアイ



 その双眸は黄金に輝き始める。それを見た詩織はもまた、さらに六花を解放することに決める。



「六花:六ノ花、青薔薇あおばら



 瞬間、地面から生えでるように燃え盛る巨大な青い薔薇が出現する。その光景は異様で異常だったが、今の歩にはこのフィールドに渡る全てが見渡せていた。



「……殺す」



 詩織はその想いを胸に、地面を駆ける。


 駆ける。駆ける。駆ける。



 さすがの歩でも、彼岸花と青薔薇の組み合わせから逃れることはできない。彼岸花は永続的な炎の付与。一方の青薔薇はその薔薇自体に意識を持たせ、相手を自動で攻撃するようにしてある。爆発もできるし、彼岸花と同様に永続的な炎を付与もできる。



 自身で歩を追い詰めつつ、カバーできない部分は青薔薇で補足する。



 完璧な布陣。



 これを超えられるものなら超えてみろ、と言わんばかりに詩織は颯爽と歩に迫っていく。



「……」



 歩はぼーっと天を仰いでいた。あまりにも隙だらけ。



「……もらったッ!!!!」



 歩はわずかに体を捻って、致命傷は避けるも右肘から下が切断されそのまま彼岸花の炎に灼かれていく。



 さらに避けた先には青薔薇の炎が待っており、今度は左腕が灼かれ完全に使い物にならなくなる。



(やっとだ……やっと、ここまできたッ!!!)



 勝利への確信はある。でも勝利の余韻に浸るのはその首を弾き飛ばしてからだ。そう考えると、詩織はその首へと凶刃を滑らせていく。



 スッと走る剣先は歩の首に食い込み、そのまま首を……弾き飛ばした。


 ゴロゴロと転がる頭部を見て、詩織はやっと勝利を確信する。


「やった……やったのね。長かった……長かった……!!??」



 あまりの驚きに表情が青ざめる。


 そう、彼女はゆっくりと自分の体を見る。そこには左胸から細い刃が突き出ていたからだ。


「な……なんで?」


 自問しながら、後ろを振り向くと五体満足の歩が全身の体重を込めて詩織を背後から突き刺していた。



「もう……眠ってください」



 そう呟くと、彼は村雨丸の能力を解放。


 詩織は成されるがまま、そのまま凍りついていく。



 そして、ゆっくりと剣を引き抜くと彼はその場に倒れこむ。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」



 ただ呼吸をするので精一杯だった。それだけだった。



 殺せた。確実に心臓を貫いて殺した。凍らせたのは反撃が来ないようにというだめ押しだ。完全に凍りついた詩織、そして胸から未だに溢れ出る血液。これを見て彼女が助けるという確信を持つ人間はいないだろう。




「なななななななな、なんと決着!!!?? 何が起きたか分かりませんが、倉内楓選手が凍り付いています!!!? 七条歩選手の勝利ですッ!!!!」



 グッと右手を天に掲げる。



 それに合わせて会場は爆発的な声に包まれる。



「詩織さん……俺は……」



 歩は涙を流していた。やりきった達成感と詩織をこの手で殺したという実感。それが合わさって、涙を流さずにはいられなかった。



 だが、歩は気がついた。氷がピキピキと音を立てて、崩壊し始めるのを。



「まさか、まだ……まだなのか……」



 絶望という言葉を送るなら、この状況はまさに適している。



「歩くん、まだ……まだ終わりじゃないわよ」



 溢れ出る胸の血を押させながら、詩織は完全に氷の呪縛から解放される。



 会場もその姿を見てシンと静まりかえる。


 

 ……地獄のような戦闘はまだ終わらない。

 

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