第115話 七条歩:追憶 8
「……」
「やだ、死にたくないッ‼︎ ぎゃあああああああああああッ‼︎」
今日も殺した。しかし、以前のような興奮はない。ただの作業としてのソレは退屈を極めていた。
(なんだろう……すごく、すごく……退屈だ……)
「ねぇ、外の世界に行ってみたくない?」
月子の言葉はずっと彼の心に刺さり続けている。この世界はどこまで広がっているのか。自分の可能性はどこまで広がっているのか。
すでに20年も経過しているが、ここでの生活に飽きたりはしていない。それでも、月子の言葉は彼に大きな影響をもたらしていた。
「……外かぁ」
拭った血をじっと見つめる。目の前に転がっている肉塊はすでに虫の息。ヒューヒューっと音を鳴らしているだけだ。そもそも、人はなんのために生きているのだろうか。目の前にいる、この男には何か意味があったのだろうか。そして、今こうして殺そうとしている自分にも意味はあるのだろうか。
しかし、そんな思考を反芻しても先は見えない。彼は知っていた。人には生きている意味なのないのだと。
ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル。
哲学者であり、物書きでもある人物が広めた考えに実存主義というものがある。これは人間の存在は、本質よりも先立っているというものだ。
彼は、この思想を知った時にあらゆる疑問が腑に落ちた。
「ペンは何のためにある? 書くために」
「ハサミは何のためにある? 切るために」
「本は? 読むために」
自分で声を出しながら確認をしていく。そして、彼は最大の疑問を呈する。
「じゃあ、俺は……人は……クリエイターは何のために生きている?」
そう、様々な道具は存在する前から意味がある。本質がある。でも人には、生物には本質などない。それ以前に存在が先行しているからだ。その生物の中でもきっと、こうして生について問いを立てるのは人間だけだろう。
「ちょっと調べてみるか……」
自身の生について興味を持った彼は、それから人間について色々と調べてみた。
聖書を見ると、神が6日間で全ての生き物をそれぞれ最初から今のように創造したと記してある。しかし、この考えは現代科学的には間違っている。
それはダーウィンの進化論から鑑みるに、事実である。
1859年、ダーウィンとウォーレスが共同で発表した論文に『種の起源』というものがある。
その中で、『ダーウィンの自然選択』という考えがある。これは、個体間で生存競争が生じ、環境に適したものが生き残るというものである。そして、それからさらに科学は発展し、現代では『ネオ・ダーウィニズム』が有力となっている。
これは、突然変異が起こり、環境に適したものが生き残りその生き残ったものの形質が次の世代に伝わっていくというものだ。
「進化論の考えでいくと、クリエイターの存在はやっぱり……人類の次なる段階なのか? 突然変異として生じたクリエイター。そして、その遺伝子は着々と世界に広がっている……でも……」
月子が死んでからまだ一週間しか経っていない。その中で、彼はさらに人の存在について考えるようになっていた。
「進化……そう、進化だ。クリエイターは進化した存在……神などいない。あるのただの偶然の産物。そこから人は生まれてきた。敢えて人の意味を定義するならば、存続と繁栄。遺伝子に組み込まれている本能と呼ぶべき機能から考えるに、それは明らかだ。でも……だからこそ、別の意味を定義することがクリエイターじゃないのか?」
ブツブツとさらなる思考に入り込む。目の前で転がっている死体同然の人間をじっと見つめながら、さらに独り言を続ける。
「……そうだ。痛みはだって……意味はある」
そういうと、男の眼球を素手で抉り取っていく。
「ぎゃあああああああああああああああッ‼︎」
そして、それをじっと見つめる。
「痛みがなければ、人はすぐに死んでしまう。痛みはセンサーだ。例えば、こうして眼球を抉り取られても痛みがないとする。すると、人はこれを異常事態だと捉えられない。切り傷だってそうだ。気がつかなければ、化膿して死に至る可能性がある。何事にも意味はある……しかし、その意味は結局は存続と繁栄に至るのみだ」
そして、男の首をワイヤーで切断すると彼はニヤァと微笑む。
「そうか。見えてきた。クリエイターの存在理由に、自分の価値。人間とは本当に不思議な生き物だ。ねぇ、そうは思わないかい?」
上から彼をモニタリングしている研究者たちを見つめる。何やら慌てているようで、バタバタとしているのが見て取れる。
「D-7の精神状態がおかしい、バイタルは?」
「……バイタルに異常はありません」
「興奮もしていないのか?」
「はい……いたって平静。むしろ、呼吸は平均よりも遅いぐらいです」
「とりあえず拘束だ。詳しく調べるぞ」
室内にガスのようなものが広がり、自分を拘束しようとしているとわかった。
しかし、すでに意味を得た彼はここには用はない。
「……さぁ、行こうか。偉大なる世界の果てへ」
こうして、Designer Baby of Creator Projectの最高の研究個体である……D-7は自分の意味を見い出すために、世界へとその足を進めていった。
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