第114話 七条歩:追憶 7
「××くん、外の世界に興味はない?」
「外の世界?」
「えぇ、きっとここよりも楽しいわよ?」
「本当に? 月子さんがそう言うなら……興味あるなぁ」
「ふふっ。そのうち、きっとそう言う機会が来るわ」
「楽しみしてるよ、月子さん」
あれからCVAを使った訓練は続いた。もちろん、それも楽しいがそれと同じ以上に月子との会話は彼の楽しみだった。
知るはずのない外の世界。今ある好奇心は彼女から与えられたものだ。それに、こうして話していると心が満たされている感覚がある。文献で読んだことがあるがこれは恋というやつに違いない。彼はそこまで考えられるようになっていた。
自分を研究する人間は正直、好きではない。でも、月子さえいればいい。彼女さえいれば、自分はどこまでいける。どんなことでもできる。
……そう、思っていた。
§ § §
「はぁ……はぁ……はぁ……」
べっとりとこびりついた血を拭いながら、彼は呼吸を荒くしていた。
今日の相手はかなりの猛者だった。というのも、最近の訓練ではクリエイターが採用されてきたからだ。しかも、凶悪犯罪にその力を使っていた者もおり、かなりの手練れ。
「ふぅ……月子さんに会いに行こう」
シャワールームへ向かうと、彼は月子の元に向かうのだった。
「月子さんッ!!」
「あぁ……××くん……」
「どうかしたの?」
「いえ……なんでもないのよ」
昨日とは打って変わって元気がない様子。目の下にはクマができており、髪もボサボサ。なんでもないというが、そんなわけがない。
彼は心配になってさらに彼女に問いかける。
「いや、大丈夫じゃないでしょ……ちゃんと休まないと」
「いえ、いいの。私は平気だから」
「でも……」
「平気って言ってるでしょッ‼︎‼︎」
「え……」
初めて見る表情に怒鳴り声。今までの優しかった彼女はどこにもいない。そこにいるのは、悲壮な女性だった。
「いつもいつもいつも煩いのよッ‼︎ 私がなんであんたなんかに構ってるか知ってる? 監視とモニタリングのためよ‼︎ いい気にならないでッ‼︎ 普通なら、あんたみたいな化け物に関わることなんてしないッ‼︎ もう、嫌なのよ……」
「あああ……ああああぁぁ」
彼はその言葉にショックを受けていた。しかし彼は以前から彼女が今のように感じているのは薄々感づいていた。自分のような存在に都合よく関わるなんておかしい。きっと、何か理由があって近づいているに違いない。そんな予感があった。
もちろん、はっきりと口にされるのは本当に辛いし悲しい。でも、そんなことよりも自分の言動がこんなにも彼女を追い詰めているという事実が何よりも悲しかった。
「そ……その、薄々気づいていたんだ。月子さんの気持ち。俺みたいな存在に関わりたい人なんかいない。当たり前だよ。だからこそ、今までありがとうございました。例えあなたにとって偽物だったとしても、あなたは俺にとって本物だった」
「……ごめんなさい。あなたにそんな悲しい
「……え?」
銃声。室内に大きな炸裂音と、硝煙の香りが充満していく。
そして、目の前にいた女性だったものはその形を失っている。頭部の右半分は吹き飛んでおり、彼女の眼球が彼の頰に飛び散っていた。
「え……え……え? 月子さん? どうしたの? 元気出してよ」
飛び散った肉塊を集めるようにして、彼女の死体に微笑みかける。だが、だらりと力が抜けたからだが反応することはない。
「D-7、その女はもう不要になった。お前は室内に待機していろ」
「でも……」
「黙っていけ」
「……はい」
右手に拳銃を持った男が言うことに黙って従うと、彼はそのままシャワーを浴びてから自室に戻った。
「月子さん……」
思い出すのは彼女の笑顔。いつも微笑みかけてくれた。例え偽物だったとしても、彼にとってはかけがえのない日々だった。
「聞いて、今日はね……」
「ねぇ、外の世界に興味ない?」
「今日はサンドイッチを作ってきました!」
「私はね、バナナが好きかな〜?」
「今日はちょっと疲れたの。歳かしらね」
「はい、これあげる……D-7くん」
真っ黒になった部屋のベッドの中で大の字になって考える。
彼女の存在はなんだったのだろう。悲しかった。死んでしまって確かに悲しかった。でも、それだけだった。今まで殺してきた人間と同じだ。同じように死んでいった。人は必ず死ぬ。それが早いか遅いか。それだけだ。月子という女性は早かっただけだ。たったそれだけのこと。
「あれ……」
気がつくと、彼の目からは涙が流れていた。悲しいという感情の時に出るものだというのは知っている。でも、人はなぜ悲しむのだろうか。進化の過程で悲しみという感情は必要だったのか。今の人間は不要なものが多いのではないか。
彼は自分の涙を見てそう思った。
そうだ、人間には無駄なものが多い。もっと研ぎ澄ませる必要がある。そうすれば、彼女も死ぬことはなかった。そうだ。そうに違いない。
そんなことを考えながら、彼は眠りについたのだった。
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