第41話 第一試合開始

 第一試合が行われるのは、第1アリーナの大理石フィールドである。ここは大理石のフィールドを囲むように観客席が用意されており、試合を観戦するのに最も適した構造となっている。


 今回は初戦ということで観客席はすでにほぼ満席となっており、多くの生徒の声で賑わっているのであった。


 そんな中、歩はすでに第一アリーナに来ており、選手用の待機室に向かおうとしていたところある男に声をかけられる。


「おい、七条歩。負ける準備は出来てるのか?」


「君は... 水野翔だっけか?」


「よく覚えてたな。以前会った時に言ったようにこの一年でナンバーワンはこの俺だ。ワイヤーなんて陳腐なCVAでどこまで戦えるか見ものだな!!! ま、せいぜいみっともない負け方しないように祈るんだな!!! ガハハ!!」


 水野翔はそう捨て台詞を吐くと、待機室の方に消えていく。


 そして、歩はその後ろ姿を見てあることを考えていた。


(ワイヤーなんて、陳腐なCVAか... 俺も昔は同じことを思っていたよ... でも今は...)


 過去を想起しそうになるがそれを自らの意志で止め、歩も待機室に向かう。


 彼は劣等感に苛まれていた過去のものと違い、しっかりとした未来への意志が感じられるようなそんな決意のある表情かおをしていたのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 自分の待機室に入った歩は、申請しておいたARレンズをすぐさま装着し違和感がないか確認し、試合への意識を高める。


「よし、ARレンズは正常に起動。バイタルよし、VAもよし。身体リンクも正常。これなら大丈夫そうだな」


 そして、それから入念にストレッチをするのだった。いくらクリエイターが進化したと言っても、基本的な身体の構造は変わっていない。そのため柔軟性がなければ怪我をしやすいのは誰であっても同じ。


 彼の戦いはすでに始まっており、このようなところでも決して手を抜かないのである。


「水野翔。CVAはバスタードソード。VAは現状分かっているのは加速アクセラレイションのみ。おそらく、このタイプのクリエイターは強化系を集中的に鍛えているか、それとも別の特殊なVAを持っているかのどっちかだが... あの性格を見るに後者の方が確率は高いな。一応、警戒しておこう」


 ストレッチをしながらARレンズに映る情報を整理していく。ARレンズにはデバイスから必要な情報をすでに転送してあり、これから試合をするであろう全ての選手のデータが入っているのであった。


 そこから水野翔のデータを検索し、視界に映し出される情報をもとにこれからどのように戦闘をするのか考えていく。


 もちろん、歩の頭にはすでに全てのデータが入っているのだが視覚的に情報を見た方が思考がしやすいので、ARレンズに頼っているのである。


「それにしても、あいつの俺に対する敵対心はちょっと異常な気がするが... まさか理想アイディールの構成員か? いやでも、あそこまで明らさまだと感情的に動いてるようにしか見えないが... ま、とりあえず全力で戦いますか」


 懸念事項はあるがそればかり気にしても仕方がないので、歩はそれ以降はこれから行われる試合に全神経を集中させるのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おいおい、もうかなりの人がいるな。席は... お、あそこが空いてる。おい、不知火あそこ行くぞ」


「はいはい、さっさといきましょ。早く座って落ち着きたいし」


 そう言って、雪時と彩花は空席に向かう。


「すいません、隣いいですか?」


 彩花が外用の顔で、相手にそう尋ねるが次の瞬間...


 彼女の顔は苦虫を潰したようなものに変化していくのであった。


「あぁ、構わないよ。あいにく僕には相席する相手がいないからね。――不知火彩花さん?」


「あ、あんたさっき教室であったわよね? というよりなんで私の名前知ってるのよ、綾小路紗季さん?」


「それは... 歩に聞いたんだよ。ちょっとうるさいけど、可愛らしい子がいるってね」


「え、それ本当...?」


 その言葉を聞いて思わず頬を染める彩花だが、紗季はその幻想を打ち砕くように遠慮なく前の発言を撤回する。


「いや、嘘だよ」


「むきいいいいいいいいいい!!! あんたなんなのよ!!!!! 喧嘩売ってるの!!!!!???」


「おい、不知火。落ち着けって。綾小路さんも、煽るのやめてくれよ、な?」


 雪時が仲裁に入るが、彩花はまだ怒りが収まらないようで紗季にさらに詰め寄る。


「で、あんた歩とどういう関係なのよ?」


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕の名前は綾小路紗季。医療工学科の一年だよ。よろしく。歩とは... 友達かな?」


「え、よろしく。私は不知火彩花... って! あんた本当に友達なの!?!?」


「ちゃんと答えただろ? ってね。あ、相良くんもよろしく!」


「あぁ、よろしくな。改めて言うが、俺は相良雪時。歩とは仲良くさせてもらってるぜ」


 そう言うと、雪時も席に着く。並び順としては、紗季、彩花、雪時の順となった。雪時は面倒くさそうなことになるな、と思いながらも今更席を変える気はなく、試合のことを話し始めるのだった。


「そうえば、綾小路さんはこの試合どう見る? 歩のこと結構知ってるんだろ?」


「んー、まぁ歩が勝つのは間違いないけど。問題は歩がどれだけ消耗せずに勝てるかだね」


「それって、複眼マルチスコープ支配眼マルチコントロールのこと言ってるの?」


「お、さすがに歩はそこまでVAを教えてるのか。そうだね、彼の場合VAがレア度の高いものだからね。実用的だけど、これからのリーグ戦のことを考えるとどれだけ消耗しないで次の試合に繋げるかが鍵だね。そうすれば、多分... 有栖川のお嬢様以外は大丈夫なんじゃないかな?」


「あ、あんた... 私も雪時もこれから歩と戦うっていうのに、だいぶはっきりというのね...」


 彩花はすでに怒る気力はなくしており、完全に呆れる。というのも、彼女が頭脳明晰なのは話し方や雰囲気から明らかだったので、自分に口喧嘩で勝ち目はないと思ったからである。


「僕は研究者だからね。物事は明瞭に分析して、はっきりと述べるさ。別に君たちを不快にしたいわけじゃないよ?」


「ガハハハ!! やっぱり歩の友達なだけあって、かなりユニークだな! 俺は綾小路さんのそう言うとこ面白くていいと思うぜ!!」


「あんたって、やっぱり無駄にポジティブよね...」


「無駄とはなんだよ!! ガハハ!!」


「そうだそうだ! ガハハ!!」


 雪時の後に紗季が続き、二人とも若干おかしなテンションになってしまう。


「ちょっと、二人して変なこと言わないでよ! 周りに変な目で見られるでしょ!」


 そう言う彩花だが、内心は歩と紗季に特別な関係がないと分かり心底ほっとしているのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっと〜、薫〜。歩くの早いです〜」


「会長いくら席を取ってもらってるとはいえ、待たせるのは悪いですよ」


 そう言いながら、生徒会副会長の緒方薫と生徒会長の倉内楓はある人物がいる席に向かっていた。


「ほら、あそこですよ。全くいい席を取ってもらったのだから、きちんとお礼を言ってくださいよ?」


「もぅ! だから薫は私のお母さんなの!?」


 このやり取りを見ていた周囲はクスクスと笑う。


 会長と副会長のやり取りはすでに校内で有名で、ほとんどの生徒はいつものことだと思うのだった。


「あ、会長。来たんですね、こちらの席です。副会長もどうぞ」


 待っている人物というのは、華澄であり彼女はいつもより硬い口調で二人に応じる。


「すいません、有栖川さん。うちの会長があなたに席を取れなんていきなり連絡して...」


「いえいえ。全然いいですよ。そんなに手間でもなかったですし」


「ありがとうございます。華澄ちゃんはいい子ですね!」


 そう言うと、華澄の横に楓が座り、さらにその隣に薫が座る。


「で、会長はなんで私に席を取ってほしいだなんて連絡してきたんですか? というより、連絡先はどこから...?」


「それは、以前あなたのお父さんにお会いしましてね。その時にあなたの連絡先をもらったの」


「お父様が?」


「えぇ、実に立派な方ですね」


「そう... そうですね...」


 そう言われた華澄は、誰の目から見てもわかりやすく落ち込む。


「連絡したのはあなたと話してみたかった、というのが理由だそうですよ。ね? 会長?」


 フォローするように薫が間髪を容れずに会話を続ける。


「そうなんですよ。華澄ちゃんは、タイムアタックでもいい成績を残してるみたいだし、一度話してみたくてね?」


「そう、なんですか」


 そう聞いてもイマイチ釈然としないようで思わず言葉が途切れる。


 それを察した楓はすぐさま本題に入るのであった。


「そうね。はっきりと聞くけど、実は七条くんに対するあなたの思ってることが聞きたかったの」


「歩に... ついてですか?」


「そう、どう思う?」


「そうですね。彼はCVAはワイヤーだけれども、VAと類い稀なる創造力と思考力で弱点を補っていると思います。それに性格も真面目で、かなりの努力家。彼を見ていると、あの人を思い出しますよ」


ね...」


「あ、そろそろ始まるみたいですよ」


 薫がそういうと、二人の会話はそこで途切れてしまった。


 これから始まるのはただの試合ではなく、あの変則ワイヤー使いの七条歩の初戦ということもあって会場は今まで以上に盛り上がるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はい! やって参りました!!! 学年代表選の第一試合が間もなく開始されます! 実況は放送部の二年、山下ひとみが担当いたします!! 例年は本戦から実況と解説がつくのですが、生徒の要望から今年は学年代表選からとなりますのでご了承ください。そして、解説は高橋茜先生です!!」


 ポニーテールの元気な少女がアナウンスをし始めると同時に、会場はさらにざわめいていく。


「うぃ〜、よろしくな〜」


「もう少し元気を出して欲しいところですが、まぁいいでしょう!! それでは選手の入場です!!!」


 とうとう、実況と解説のアナウンスも入り始め試合開始はすぐそこに迫っていた。


「それでは、紹介しましょう! まずは七条歩選手です! 彼は予選2位通過と、かなりいい順位できてますね〜。しかし、特筆すべきは彼のCVAはワイヤーなんです! 今まではユニーク系の選手がここまで来ることはほぼなかったようですが、高橋先生どうお考えになりますか?」


「あいつは、まぁ努力家だな。うん」


「はいっ! 簡潔な紹介ありがとうございます! 続いては水野翔選手です! こちらは予選は3位で通過。2位と3位の対戦カードとなりました! これは見ものですね! 高橋先生は水野選手をどうみますか?」


「うん、あいつはまぁ、強いな」


「はいっ!! では両選手入場されたので、間もなく試合開始となります!」


 元気にそういう彼女だが、内心はやりづらい先生だなと思っている。しかし、初戦ということもあり盛り上げないわけにもいかないので、なんとか空元気でもやりきろうと誓うひとみであった。



「おい、お前の紹介長くないか?」


 不満そうに歩に話しかける水野翔だが、歩はそれを完全に無視する。


「おい! 聞いてるのか!」


 大声で言うと、歩はやっと気がついたようで思わず相手に何を言ったのか聞き返す。


「えと、何か言った?」


「お前の紹介が長いって言ったんだよ!」


「あぁ。まぁ、ワイヤーなんてCVAは珍しいからね」


「ふ、余裕なのも今のうちだぜ」


「おしゃべりはここまでだね。そろそろ始まるよ」


「あぁ、楽しみだな!」


 歩は先ほどから何か別のことを考えてるようで、水野翔への対応がおざなりになる。しかしそれも仕方がない。彼は現在ARレンズが正常に作動しているか確認していたので、そちらに完全に集中していたのだ。


(相手のバイタル表示は... よし、できてる。相手のバイタルは表面上から読み取れる情報しか映らないけど、これだけあれば十分。自分のバイタルも大丈夫だな。あとは実際の戦闘での使用感だな)


 彼の視界には、自分のバイタルデータと相手のバイタルデータが表示されていた。バイタルデータには主に身体機能が数字として表示される。例えば、心拍数や脈拍などである。自分のデータは詳細に表示されるが、相手のデータはARレンズで読み取ったデータしかわからないが、それでもアドバンテージとなるのは明らかである。


 あとは歩が、それを見ながら戦闘をいつも通り行えるかどうかが唯一の懸念事項であった。


「試合の判定は相手が負けを認めるか、どちらかが戦闘不能となった場合に下されます。ご了承ください。それでは、1分後に試合を開始致します。選手はCVAとVAを展開してお待ち下さい」


 電子音声が流れると共に、大理石のフィールドにいる二人は同時にCVAを起動する。


「「―――創造クリエイト」」


 互いに身につけていたアクセサリーが弾け、その弾けた粒子がCVAを創り出す。


 歩の両手にはワイヤーの薄手のグローブが、そして翔の右手にはバスタードソードが展開される。


「さぁ、狩りの時間だぜ」


 翔は歩に向けてバスタードソードを向けるが、歩はいたって冷静にその様子を観察する。


(バスタードソード。刃渡は1.2から1.4メートルのものが主流。スイス生まれの刺突型と切斬型の両方の特性を備えるハイブリット剣。あれを片手で楽々と持っているあたりからVAは強化系がメインなのは間違いない。データでは加速アクセラレイションのみだが、怪力ヘラクレスも使えそうだな。おそらく、開幕速攻を仕掛けてくれだろうから、ここは試合開始直後に支配眼マルチコントロールを展開して様子を見るか)


 試合開始前にVAは展開しても良いことになっているが、歩が使うVAは眼の色で何を使っているのかが分かってしまう。


 そのような理由から、事前に無駄な情報を相手に与えるのは避けるためそのような判断を下す。



 そして、会場にいる全員が試合開始のカウントを集中して聞いているのであった。


「3、2、1。―――試合開始」


 カウントが終わり、第一学年代表選抜戦の第一試合の火蓋が切って落とされる。




 それと同時に実況の山下ひとみも再び声を上げる。


「始まりました!!!!! 第一試合開始です!! まずはお互いどう出るのか... おーっと!!! ここは水野選手の開幕速攻です!!!!!!」



「うらああああああああああああああ!!!!!」



 その声が聞こえた時には、すでに翔は歩の目の前まで迫っていた。明らかに加速アクセラレイションを使用した移動速度だが、歩は前もって予想していたように眼を蒼色に変化させ、支配眼マルチコントロールを発動。


 相手が自分の脳天めがけて下ろしてくるバスタードソードを完全に余裕をもって躱す。


「まだまだぁ! こんなもんじゃ無えぞおおおおおおおお!!!!」


 大型のバスタードソードを使っているとは思えないほどの攻撃速度。すでに翔は怪力ヘラクレス加速アクセラレイションを同時に使用してるのであった。


 この光景を見れば誰もが、ワイヤーなんてCVAでは近接系のCVAに敵うはずがないと思ってしまうだろう。しかし、そんな中でも冷静にかつ緻密に戦闘を客観的に分析するのであった。


(ARレンズとVAのリンクは完璧。情報処理の半分をARレンズに移譲。――完了。相手は典型的なパワータイプ。加速アクセラレイションよりも怪力ヘラクレスの方が、VAとしての性能は高い。ここはVAを複眼マルチスコープに変更、ARレンズの対応速度も完璧。よし、ここはあの創造秘技クリエイトアーツで攻めてみるか)


 端から見れば、完全に劣勢に見える歩だが彼の口元はわずかに綻んでいるのに気がついたのは会場にいる中でもほんの数名だけ。


 そして、これから先は会場にいるすべてのものが、七条歩の戦闘に魅了されるのだがそれをこの段階で予想できた者はほとんどいない。


 こうして七条歩の、三校祭ティルナノーグ制覇への道が始まったのであった。

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