第15話 無駄骨?



 色々と運に助けられた一件だった。

 理沙が鏡を持っていなかったら、水菜が戻ってこれなかったら、もっとややこしい事になっていただろう。


 だが、何とかなって理沙に掛かっていた容疑は払しょくされ、濡れ衣は晴らす事が出来た。

 最後に藤堂にトドメを刺したのは俺だが、俺一人の力で成し遂げた事だとは思ってはいない。また日常に戻ってこれたのは、間違いなく水菜や理沙のおかげだと、思っている。


「……だから、もうちょっと優しくしてくれません!? 翌日に、これはないだろ」


 早朝。

 支部の外周走りこみを、特訓メニューに追加された可哀想な俺は、その場にヘタレこんでいた。

 容赦ねぇ。鬼だ。鬼がいる。


「ちょっとまだあと十週残ってるわよ」

「無理だ、死ぬ、もうちょっと優しくして。今から、死ぬわ」

「ヘタレ。美少女が応援してあげてんだから、頑張んなさいよ」


 自分で言うなよ。

 倒れ込んだ俺を蹴り上げて起こそうとする理沙は相変わらず、どこからどう見ても鬼だった。


「なあ、俺……昨日頑張ったよな。何でこんな急にハードなんだよ。おかしいだろ、そりゃ、ちょっとしか役に立てなかったのは分かるけど、いくらなんでもさー。ああ、優しさが欲しい」


 水菜に見てもらえればこの理不尽暴力も少しは減るだろうが、彼女は生憎別の任務の後処理にまた戻って行ってまった。

 しばらくはまた、理沙の鬼の被害に遭わなければならないのだ、辛い。


「そ、それはあんたがあんなふざけた事言うからよ。あんなチャラい事言って。これは罰よ。正当な処罰」

「ふざけた事ってなんだよ。俺、何か言ったっけ?」

「忘れてるの! 私にあんな事言っておいて。やっぱり野獣ね、不潔、けだもの!」

「おいおい、抗議を表明したいところだけど、意味不明過ぎてさすがの俺も返す言葉がねぇよ」


 ひとしきり思う存分人を罵った理沙はこちらの事を省みることなく、どこかへと言ってしまう。

 怒らせたら面倒なのは普段から分かっていた事だが、今日のはどこかいつもと違う様だった。

 背中を向けている彼女からも絶えず、お怒りのオーラが漂ってきている。

 腑に落ちないまま体力の回復を待っていると、ふいに冷たいタオルが頭にかけられた。


「水菜?」

「悪かったわね私で」


 違った般若理沙だった。


「ひょっとして、今まで気が付かない内にタオルが置いてあったのってお前が用意してたの?」

「悪い!?」


 悪くねぇよ、何でそんなケンカ腰!?


「じゃあ、あれだ時々あったよな。檸檬はちみつ漬けとかっていうのもさ。あれ、他の連中の差し入れとか言ってたのも……」

「悪かったわね!?」


 マジで!


「何だよ、お前案外可愛いとこあんじゃん」


 鬼鬼鬼が九割で、残り一割くらいしか言いとこないかと思っていたがという意味でだが。

 そんな言葉を聞いた理沙は何故か、お怒りのオーラを引っ込めて、狼狽し始める。


「なっ、かわ……ななななっお世辞なんかいっ、いらないわよ」

「お前相手にお世辞なんか言うかよ。へー、理沙がねぇ」

「何よっ、ニヤニヤすんな」


 今までの俺イビリの中に交ざってた優しさに、嫌われていたわけではない事にちょっとほっとしたことなんて、間違っても言えない。


 ひょとして、理沙がお人よしなだけで、俺の面倒は嫌々みているのかもとか思っていたんだが、そうで無さそうな事に希望が持てそうだ。

 何せ、年齢=女子と付き合ってない歴史=異性とまともに話した事ない、だし。


「私はあんたなんか全然恰好良いとか思ってないし、そんな事言わないからね」

「へいへい」


 そいつはちゃんと自覚してるから別にいいんですよっと。


「ちょっと真面目で、ピンチの時だけやけに凛々しかったり、いいなとか思ったりないんだから……」


 ん、急に小声になったな、聞き取れん。

 でもまあ、大した事じゃないだろ。


「で、でもまあこの間はちょっと活躍したし、なかなか頑張ってるし、仲間だって信頼してあげても良いわよ、水菜に加えて……アンタだけは特別にね」


 なので、最後に言われた言葉も、小さくてこちらの耳には届いてこなかった。

 そもそもその後に起こった事が衝撃すぎて、聞いていたとしても脳みそに入ってこなかっただろう。


「牙兄さん達、ここにいたんだ」


 訓練室に珍しい顔、アルシェがやって来て、その言葉を口にする。


「あのさ、すごく言いにくい事なんだけど、兄さんたちが解決した事件の薬品サンプル、また取り返されちゃったみたいだよ」

「はぁぁぁ!?」


 終わったと思った、事件はどうやら俺達のあずかり知らぬところでまだ続いているようだった。


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