第12話 はめられたらしい



 非情に心苦しかったが、水菜に囮になってもらった後で、俺達は上の階へと移動した。

 十階建ての会社のてっぺん、おそらくそこが目的の人物がいる場所だろう。 


「行くわよ」


 それらしい扉の前で、頷きあってその部屋へと入る。

 部屋の中には、待ち構えていたかのような体勢の人物。


 間違いない。

 先程見たスーツの男だ。


「答えなさい。あんたが、あたしを捕まえろって指示したの?」


 理沙が問いかけるのは、新薬会社の社長予定の男……藤堂明久とうどうあきひさだ。

 藤堂は、ここに俺達が来る事を予想していたような態度で出迎える。

 その姿から、焦りの様なものは感じられない。


「……いかにも、組織の貴重なサンプルを盗まれたのだ。当然の事だとは思うがね、今日はわざわざそんな事を言いに来たのか?」

「……その様子、警備を手薄にしたのはわざとね」


 やっぱりな。

 アレ、俺達誘われてたんだな。


「その盗人っていうの止めてくれない? 私は情報もサンプルなんかも盗んじゃいないわ、調べたければ調べればいいじゃない。私は拒否しない」

「それが君の立場で言える事かね。まずは、その口調を改めたらどうだ。組織の底辺エージェント、落ちこぼれが上役の人間に効いて言い口ではないだろう」

「……」


 返す言葉も出ない正論だ。

 相手の言葉を受けて、黙り込む理沙。


 ハラハラする。


 頼れる戦力にはならないが、交渉事はもっと戦力にはならないので、できる事がまったくないのだ。

 理沙はどう出るのか。


 人に頭下げるの苦痛そうなタイプだからな、こいつ。


 そう思っていたが、意外にも受け入れたようだ。


「分かっ……、分かりました。ごめんなさい。これで良いのよね」

「ふん。まあ良い、話が進まないしな」


 だが、驚く事に理沙は口調を改めたようだった。


「何よ」


 そんな事を思っていたら、視線を向けられてギロリと睨まれる。

 いや、別に何も言ってないだろ。


 しかし、礼儀とかは置いといて、目の前の奴好きになれそうな気がしないな。

 未踏鳥の時と同じような感じで。

 理沙は、苛立ちを隠しもせずに言葉を続けていく。


「話はまとまったんですよね、だったら、早く下の連中を何とかしてくださいませんか。下で私の友人が戦ってるんですけど?」


 おい、だんだん仮面が剥がれかけて来てるぞ。


「いいや、まだだ。君達はここで、サンプルを盗み出した犯人として、死ななければならないのだからな」

「……はぁん。読めたわ、そういう事」


 え、どういう事?

 俺頭良くないから、今の短いやり取り、じゃ分かんない。


 頭が回らない俺に理沙が説明してくれる。


「私に疑いをかけたのは、ちょうど庇ってくれる人間が少なくて都合が良かったからってことね。そんで、サンプルは、元からあんたがどこかへ渡す予定だった、でしょう?」


 おう、そうなるとどうなるんだ?


「おい、理沙。どういう事だよ」

「こいつははなっから、新薬を売り出すつもりはなかったのよ、どうせ既存の薬を売り出す利益が減るとか喚いてる、どっかの人間と繋がってるんでしょう? いくらかお金もらってるのよ」

「マジかよ」


 難しい事は分からないが、薬っていうのはすげぇ必要だから作るんだろ。

 薬を一日でも早く完成させようと苦労して作った人達もいるはずだ。そんな人達の努力と思いを裏切るなんて、考えられない。


「ご想像にお任せするよ、聞いても無駄だろう。どうせ、すぐにこの世から消えるのだから」

「はん、野蛮な男は嫌いだわ、あたしの隣にいる使えないヘタレ間抜け男よりもあんたは最低ね」


 おい。

 色々と理沙に言いたい事はあるが、『後で要会議』と付箋をつけといて横へ。

 目の前の男、藤堂に対しての評価については全くの同意だった。


「抗体組織に入ってんのに、人間同士で足引っ張るとか、俺そこらへんまだ理解できねぇわ」

「しなくて良いのよ、こんな卑怯なやつら。分かりたい気持ちが湧かないわ」

「まあ、そらそうだな」


 とりにかく、交渉は決裂してしまった様だ。

 と、なってしまえば、戦うしか状況をまとめる方法はない。

 最悪のパターン決定だな。


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