第16話 救いたい人の為に



 そうだ、緊張しているなんて俺らしくない。

 普通の一般人でしたから、緊張ぐらいするけど、そんなんじゃ船頭牙の力は発揮できないって思うからな。


 理沙と話した後、水奈とも合流。

 二人共、アルシェを覗いたまともな友人らしい友人の気配はないところは共通しているのだが、水菜はエージェントとして優秀だけあって、話しかけてくる上役の人間も多いようだった。


 一通り話を終わらせて解放された彼女が近づいてくる。

 理沙と違って、彼女のドレス姿に変なギャップはない。まんま水奈って感じがした。


 足元でひらひらとレース波立つドレスは海遊館にぴったりのブルーだ。申し訳程度に腕には涙滴方のブレスレットがはめられ花を添えている。

 すげぇ、似合ってる。


「アクセサリ持ってたんだな」


 ばっちりだ。さすが。

 なんて服のコーディネートを褒めた後で、意外なポイントを尋ねてみる。

 女の子だからおかしくはないんだろうけど、今まで見た事が無かったからな。


「以前もらった。大切な仲間だったから大事にしている」

「そっか」


 あの事件でナイトメア化した里沙の友人からの贈り物らしい。

 そりゃ、大事にするよな。


 そんな会話をして時間を潰していると、

 前方であのいけ好かない男が立った。組織のトップとしてありがたい話をするのだろう。適当に聞き流す。


 その話が終わって、さすがに少し疲れたのか休憩をとるために人の輪から外れた未頭鳥。その後ろを追う。とうとう作戦の実行に移る時がきたようだ。





 とりあえずぶちのめすには、まずターゲットが必要だ。

 話が終わったソイツを捕まえて人がいない場所へと移動していく。

 相手にされない場合を考えて、説得方法とか知恵を捻ったりもしたのだが、意外とあっさり首を縦に振られた事に拍子抜けだ。


「私は愚か者が嫌いだ、同じ間違いを繰り返し学習しない」


 ようするに目障りすぎたから、手っ取り早く追い出す口実が欲しかったと。

 そんなとこか。


「へっ、前回はともかく今回間違いかどうかはこれから決まるんだろ」

「ほう、私に謝罪する気になったのか」


 するかバーカ。

 そんな話ではないことぐらい気づいてるだろうに。

 嫌みな野郎だ。


「間違いってのは、お前を叩きのめせる確証もないのに、のこのこ出てったことだけだ。タコ」

「……」


 水槽のガラスを指で叩きながら、続ける。

 とにかく余裕を見せつける。

 前回俺の視線からではそうは見えなかったが、水菜の話ではこいつはかなりキレてたらしいので、その状況へともう一回持ち込むためだ。


「聞いたぜ。お前、手で触れたものでしか力を使えないんだってな。こういう場所なら、付け入る隙は俺にもあるってワケだ」


 それを考えれば、ここは先日に出来たばかりの施設で、これ以上ないくらいの好条件だった。


「手を貸す者がいるとは、一度内部を引き締めねばならんようだな」

「ホントにな。人望ねぇ奴がトップにいていいのかよ、心配になってきたぜ」

「御託はいい、ささと要件を済ませろ。こんな所でゴミクズにあわせて油を売っているほど暇ではない」


 軽口の叩きあいをいつまでもやろうと続けような趣味はない。

 なので、相手の誘いにありがたく乗らせてもらう事にした。


「そんなん俺だって、……同じだっ!」


 遠慮なく飛びかかった。

 魔法は使えない。使ったとしてもアイツの手の中でアイスボールになるだけってのが、前回証明されたからな。


 よく見ると、アイツの手には薄いビニールをはめている。あれが引力の発生元に設定しているらしい。

 あいつはいつもそれを忍ばせていて、相手に気付かれずに己の手に装着しているとの事。

 自分の皮膚で直に能力を使ったり、引き寄せた何かを掴むのは、リスクが高い。当然の工夫だ。


 そしてあの作戦会議の時新たに得た情報はもう一つある。それは、発生させる対象を任意で選ぶことが出来るという事だ。

 やたらめったら引力で引き寄せたら、他の物まで吸い寄せてしまう。だからあいつはアイスボールを作った時は、冷気だけを選択したのだ。

 今回は、特別な力は封印だ。

 最初からアテにしない方向で行く。

 ずっと、特別な力があって特別な人間になれば、人を助けれられると思っていた。

 でも違うのだ。

 それはただの手段であるだけ。俺は見えていなかった。

 ある意味今までの自分の努力を否定するような行動をとらねばならないわけだが。

 これで良いのだ。

 アイツを倒したいんじゃなくて。

 俺は水奈を助けたいんだから。


「うりゃあっ!」


 拳一つで向かっていく牙だが、相手はこれらを器用に避けていく。


「書類にハンコ押しするだけなのに意外と動けんのな」

「人類に脅威を及ぼすとするナイトメアの抗体たる組織だ、当然だろう」


 俺が、これまでの人生でそれなりに培ってきたケンカ法も無駄っぽかった。

 苦しい戦いだが、牙一人で倒さねばならない。

 理沙や水奈の助力は期待できなかった。というよりあってはならないのだ。

 いくらこんな馬鹿野郎でも、組織のトップを殴らせるわけにはいかないからな。

 三人で戦った初回を思い返せば、寂しいけど。遊園地の時の二回目は俺、戦力外だったし、それよかマシ。


 しかし、そうやって頑張て作った状況は、相手によって容易に崩される。


「貴様は一つ勘違いをしている。互いの能力が拮抗していると愚かにも思っている事だ。それは間違いだ。今から証明してやりろう」


 未踏鳥みとうどりの手が牙の体に触れた。

 うわ、ゴミとか言った癖に。触ってくんのかよ。

 こいつちょくちょく嘘付きだよな。


「お、わあ……」


 で、その後の流れは前の焼き増しだ。床に天井にゴムボールのように弄ばれる。


「ぐ……て、てめぇ、公開控えた施設をぶっ壊すつもりかよ、清掃とかどうすんだよ」


 出来ないと踏んだからここに呼んだというのに。

 意味ないだろ。

 俺の脳みその苦労察しろ。


「そんなもの私の声でどうとでも直せる。組織内の反抗勢力を潰す方が優先だ」

「これだからボンボンは。うぐっ」


 どうやら組織は活動資金を捻出するどころか、贅沢を許せる金持ちになってしまったらしい。

 嬉しいことだ。

 大企業様ってか。


「泣いて自分の愚かな行為を詫びろ、間違いを認めろ。そうしたら許してやる」

「ごめんだな!」


 あ、いまのごめんは「謝罪なんてしてたまるかよ」の方な。そこんとこ、間違えないでね。


「ぐっ」


 思ってたら、今度は水槽にぶち当てられた。

 痛みよりもまずその行動にビビったぁ!

 おいお前、割れたらどうすんだよ。


「貴様程度の頭では理解できんだろうが、このような施設のガラスはこの程度の負荷で割れるような柔なつくりでない。加えて抗体組織が資金を出したのだぞ」


 そりゃ、あんなシェルターがあるくらいだもんな。

 俺が遭遇した時は相手が規格外だったのかぶち破られてたけどな。


「そうだな。万が一割れたと仮定しょう。だが私にダメージはない。能力があればどうとでもなるからな」


 能力使って、水滴も意のままってわけですね。分かります。

 その場合俺は助けてもらえないんだろうな。

 未頭鳥は天井から床に墜落した俺を見下ろしてくる。


「もう動かなくなったのか」


 足で背中を踏まれる感覚。

 やめろ、内臓飛び出る。

 偉いからって、そんな偉そうにすんじゃねぇよ。

 ムカつきますよ!


「でかい口を叩いておきながらこの程度か」


 この程度で終わってたまるか。

 我慢の限界だ。

 だから、そろそろ反撃してもいいだろう。


「おい未頭取。知ってるか」


 いきなり名前を呼ばれた事に驚いたのか、背中を踏みつけていた足の力が弱くなる。


「……」

「俺は、勝てる確証あるからここにいんだよっ!」


 次の瞬間、ガラスをすり抜けて大量の水が流れ込んでくる。

 ゲートだ。

 アルシェの力で、空間を繋げたのだ。

 水槽の向こうとこちら側を。


 なになに? 美女は駄目なのに、アルシェは巻き込んでいいのかって?

 いいに決まってんだろ馬鹿、あいつ男だし。なんて冗談だ。

 する気はないけど失敗したら、脅したとか言っといてやるよ。

 策を予想していた分だけ、こちらの行動の方が早い

 素早く起き上がり、狙いを定める。拳の行先はいけすかない顔だ。


「く……らいやがれっ」


 渾身の一撃だった。

 まともに至近距離から受けた未踏鳥(みとうどり)は気を失った

 まあ、水分ガラスする抜け容疑で万が一、あの生意気な少年が困る様なことがあったら、まずは俺をゴムボールしたせいでヒビが入ったんだとでも言っておこう。それで押し通せないだろうか。


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