第10話 契約者は笑う



 丈の長いコートで体をすっぽりと覆った、その人物は、船頭牙の書いた契約書を手にして、薄く笑っていた。


 視線の先にあるのは、東京本部の抗体組織の建物。


 その建物の中には、潰れた北海道支部からやってきたエージェント達や、その支部で活躍した少年がいる。


 その場に立つその人物は、その眼の前の建物にいるであろう少年のことを思い。

 声なく、のどを鳴らす様に笑った。


 ――やっと、ここから始められる。


 その人物は、思う。


 少年は契約文の詳しい内容を知らないだろう。


 それがどんな意味を持つものか、世界を救う鍵となる者なのかは。

 その重要性も、まったく。


 だが、そこにいる人物にとって、少年が契約書の内容を理解しているかどうかは些末な事だった。

 重要なのは、今その手の中にある中身だけ。


 どれだけ破滅的な、絶望的な未来がこの先に待っていようとも。

 これさえあれば、人類は救われる、と。

 この契約が交わされないことなど、あってはいけない、と


 その中身だけに思いをはせていた。


 そこにまつわる、数貸すの人の思いも、絆も一切省みることなく。


「頼んだぞ」


 そして、一言。

 そこにいた者は、建物の中にいる少年へとそう呟いて。


 どこかへと歩き去っていった。


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