第9話 顛末



 わずか数時間の間に何度も生命の危機に瀕したあの事件から、数日が経った。


「おえぇぇ……、死ぬ。マジ死ぬ。もう死ぬ。いま死ぬ」

「ちょっと、こんなところで吐かないでよね」

「休息を入れたほうがいい」


 生き抜いたはずの俺は、また命の危機にさらされていた。


「キツすぎだろ……」


 場所は首都東京の抗体組織、訓練ルーム。

 俺はあの後猛烈な自己アピールの結果、組織へ迎えられた。

 そんで抗体を打って現在、組織に属するエージェントとなるべく訓練に没頭しているのだが……。

 これがなかなかキツかった。


「死んだ。おれ、もう死ぬから」


 俺は地獄のランニングを途中で投げ出しその場でばったりと倒れた。

 背後から俺を追いかけてきていた、ナイトメアの幻がこっちの異変を察知して消えた。


「……ぜぇ、……はあ。スパルタ、すぎねぇ?」


 床に倒れ込んだ俺を覗き込むのは理沙だ。

 ぴったりとした訓練用の服を着ている。

 最近は言ったばかりの俺はまだ服を支給されていないので、そんな姿がちょっとうらやましかったり。


「はぁ? 何言ってんのよ、これぐらい普通よ」


 呆れる理沙の横にやってきたのは、同じ姿をした水菜だ。


「通常のカリキュラム通り」


 二人共最初は自分のトレーニングをしていたのだが、俺があんまりにも必死こいてたせいか、見守り体勢に入ってしまったのだ。

 美女二人に見守られて、卍解できれば良かったのだが、結果はご覧の通り。

 無様に床に潰れているというわけだ。


 恰好わりぃ。


「これが普通とか、ありえねぇ。うっそだあ」

「嘘じゃないわよ。体力無いわね。今まで何して生きて来たのよ」


 一般人として、一般的な感じに普通に生きてきましたが!

 そんな風に叫びたかったが、体力を使いたくなかったので、黙っておいた。

 喋る気力もない感じ。

 あからさまに殺人スケジュールだ。


 とりあえず、ここ数日のカリキュラムを思い出してみよう。

 起床。訓練。朝飯。訓練。学校(一応学生なもんで)、昼休み訓練(電話指導)、帰宅後訓練、夕飯、訓練、就寝前イメージトレーニング、就寝……という感じなのだ。鬼畜じゃなかったら何なんだ、これ。


 訓練のしすぎで夜ベッドに寝て、就寝がそのまま終身になってしまう日もそう遠くない気がする。


「止めてもいいのよ。べつに強制ってわけじゃないんだから、希望者には事務とかのアシスタントに回ってもらえるし」

「辞めるって選択肢は出てこないんだな」


 言葉のニュアンスの違いに突っ込むと、理沙は鼻で笑って見せた。お前、せっかく美女なんだからそういう態度やめろよ。台無しだよ。色々。ただでさえ口も悪いし、手も出るやつなんだから、それ以上さげんなよ。


「そんなもの抗体打つときに書いた誓約書で、とっくになくなってるわよ」

「ですよねー」


 今まで生きて来た人生で、俺こんな組織がある事知らんかったし、秘密漏洩とかになったら厳しいんだろうなあ。

 だったら進むしかないわけだ。


 今更な気も知るが、傍に寄ってきた美女二人にいつまでも情けない醜態を見下ろさせているわけにもいかない。

 よっこらせ、と起き上がる。


 途中で水菜が手を差し出してきた。

 ありがたくいただいておきます。


「両手?」


 おっといけね。つい、気持ち的に。

 横で理沙が「変態」だとか憤慨していたが、無視。

 片手を借りて立ち上がる。


「貴方はこれで良かったの?」

「良いんだよ」


 主語がない水菜の問いかけだったが、何を聞かれてるかは分かった。

 今度は理沙が問いかけてくる。


「せっかく生き延びたっていうのに、危険に首突っ込もうとするなんて。あんた相当な変人ね」

「俺は普通が嫌いな男だからな。特別になれるんなら、命だって張ってやるよ」

「シェルターに避難したときは震えてたくせに」

「震えてねぇよ!」


 実際そうだったが、そこは男の意地だ。

 たとえ事実がそうでも、認めたくないものというものはあるのだ。

 これ不正とかじゃないから。悪事とかじゃないから。ノーカン。


 だって格好つけたい。俺、男だもの。

 たぶん、見て分かるほどじゃなかったよな俺。ないよな? そうだよな?


「別に普通でもいいのに。おかげで、辞められないじゃない」

「何か言ったか?」

「なんでもないわよ」


 理沙の呟きが聞こえてきたので問い返せば不機嫌そうにされる、何か気に障る事でも言っただろうか?


「本気なのね? じゃあ、いいわ。ここのところ忙しくて様子を見にきてあげられなかったし、改めて言ってあげる」

「私達は貴方に少しだけ期待しているから」


「「ようこそ抗体組織へ」」


 そうして俺は踏み出すのだ、新たな一歩を。

 普通でなくなった日常を歩くための一歩を。


「エージェントとしてしっかり働いてもらうわよ」

「仲間として共に立てる日が来ると期待している」


 あの日守る事が出来た二人の少女と共に、当分はまあ……守るよりは守られながらも。


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