白頭少女は肉食系!? その1
八月。
外に出たら蒸し焼きにされるような熱気に襲われる。出歩く者が皆、日陰を探しながら汗を拭きつつ歩みを進めている。諦めて、途中で引き返す者も多くいた。
そして、今日は特に予定はない洋介は、こんな日に出歩こうなどと考えるほどにアクティブな人間ではない。したいことはいくつかあるのだが、全部後回しだ。節約のため、あまり使おうとしていない空調も珍しくフル稼働させている。
それでも、部屋を移動するだけで冷気よりも熱気が勝るのだ。部屋を出ると、一階の熱気が逃げてきたのか、階段はむわっと蒸し暑い。
「……暑い」
一瞬、意識が飛びそうになった。蒸気で脳が揺さぶられたように感じる。しかし、何とか持ちこたえて一階まで行くと、周囲は冷えた空気に満ちていた。ようやく生きた心地がした洋介は、ほっと息をつく。
リビングからテレビの音が聞こえてきた。おかしいな、と覗き込む。すると、いつもだったら慌ただしく動き回っている母が、のんびりと座っている。
「あれ、母さん。今日、仕事休み?」
洋介の声に気付いて振り向く母は、普段着ではなかった。それなのに、ずいぶんゆっくりしているのだなと洋介は不思議に思う。
「今日は基本的に、午前中は自宅待機なのよ。何かあったら連絡あるけど、それまではこっちにいるわ」
「ふ~ん」
母は休みの時に一気に家事を片付けるから、もし休みなら手伝おうと思ったのだが、そういうことなら自分の出番はないだろう。
洋介は当初の予定通り、冷蔵庫を開ける。その瞬間。
「あら、誰か来たかしら?」
あまり来客のない澤田家のチャイムが鳴った。母は、いつものようにドタバタと玄関に向かっていく。
その様子を眺めながら洋介はコップについだ麦茶に口をつける。喉を通る冷たさが心地よい。乾いた時に飲むと、全身にそれが広がっていくようだった。
しばらくすると、首を傾げながら母が戻ってきた。
「どうしたの?」
洋介が聞くと、母は苛立ちと不思議さが混ざった複雑な表情をして答えた。
「イタズラかしらね。行ってみたら、誰もいなかったのよ」
「誰も、いない?」
洋介は母の言葉に引っかかりを覚えた。よく留守番をしているが、いわゆるピンポンダッシュなどというイタズラの類に遭遇したことがない。
それよりも可能性が高いことが洋介には思いついた。それこそ律儀にチャイムを鳴らす存在を思いつかないが、イタズラよりはありえるような気がした。
定位置に戻った母をちらりと見て、洋介はそっと玄関の方へ向かっていく。もしかしたら、扉の向こう側にいるのかもしれないと思い、そっと扉を開ける。
「あっ」
その瞬間、真っ黒な瞳と目が合った。
「こ、こんにちは。お久しぶりです、ようすけさん」
彼女は自前の髪と同じ、真っ白なワンピースに身を包んでいた。清楚なそれは、しかし、強い日差しの光を反射してギラついているように感じる。本来は可愛らしい大きなハットも、眩しすぎて自己主張が激しいものとなっていた。
それ以上に、洋介を見上げる頬が真っ赤に染まっているのが洋介には気がかりだった。呼吸も荒く、かろうじて立っているのがひと目で分かる。
「……挨拶もあと。とりあえず、中に入ったほうがいいよ、ロォル」
「すみません、お邪魔します」
ふらふらとした足取りが大変危なっかしい。洋介は、ロォルが倒れないか注視して彼女を部屋へと招き入れた。
さらにパワーを高めた空調と、頭に載せた冷凍庫からとってきた氷のおかげですぐにロォルの顔色は戻ってくる。肌がもともとの、透き通るような白になった頃、ロォルは恥ずかしそうに頭を下げた。
「すみません、助かりました」
帽子を脱ぐ、というよりは消してあるから彼女の真っ白な髪色が蛍光灯に映えていた。
「いいよ。人間だって、今日は外にいたら倒れちゃう」
前に彼女の兄、リィルが熱暴走を起こした時のことを洋介はよく覚えている。あの時の彼のように意識を失う、とまではいかなかったがロォルも危なかった。彼女らは氷妖精族という種族名の通り、熱には弱いようだ。
しかし、洋介のその認識は少しだけ間違っていたようである。
「いいえ、暑さはだいじょうぶなんですよ。ほんとうは。わたし、ここに来るまではもっと暑いところにいましたから」
「もっと暑い?」
「はい、こう、お魚もカラフルなところで」
つまりは熱帯ということか。確かに、その暑さが大丈夫であれば気温は問題なさそうだ。
「だから、油断したんですよね。日本って、こんなに暑さの質が違うんだな~って。対処の仕方、間違っちゃったみたいです」
「あ~、それ、よく聞く」
インドから来た人が日本の暑さにまいった、という話を聞いたことが洋介にはある。
「そうなんですよ。湿気もあった方が嬉しいんですけど、今日はなんか、熱湯につかっているみたいになって」
しかし、ロォルの目は目ざとく洋介の表情を見抜いていた。
(うぅ~笑われた。どうしよ、本当はもっとちゃんとようすけさんと挨拶交わしたかったのに!)
後悔先に立たず。ロォルは、考えていた計画の修正を迫られている。
しかし、意外なことに洋介から話題を振ってくれた。
「そういえば、その服。どうしたの?」
二人が落ち着いたところで、洋介は最初に目についたロォルのファッションについて言及してきたのだ。
洋介の知る妖精族は基本的に
だから、何度、洋介が「その(露出の多い)服は、(僕の精神安定上)危ないから止めた方がいい」と伝えても聞いてくれない者もいるのだ。
(もし、簡単に変えれるのなら、あいつに教えてほしいなぁ)
洋介はそんなつもりで聞いてきたのだった。
この機会を、ロォルは逃さない。
「これですか? どうです?」
ロォルは立ち上がって、くるりとその場で一回転した。裾がひらりと舞って、大変かわいらしい。
「そうだね、よく似合ってると思うよ」
確かに洋介が知っている妖精族は自身の見た目に無頓着な者も多いが、ロォルはおしゃれに気を使っているのだろう。洋介は素直に見たままの感想を返した。
「むぅ~」
しかし、その反応はロォルにとって不満だったようだ。ちょこんと、洋介の前に座り直して、じっと彼の顔を見つめる。
「似合ってる、だけですか?」
「うえっ」
洋介の喉から変な声が出た。少しだけ涙に濡れた眼で、見つめられている。この表情に冷静でいられる経験値は洋介にない。
「か、可愛いんじゃないでしょうか」
結果、変な敬語で褒めるしかなくなってしまった。
「ふふ、やった」
ロォルは胸の前でぐっと
「じゃ、じゃあ、ちょっと飲み物とってくるからくつろいでいてよ」
洋介は逃げるように、その場を去っていく。その後姿を見て、ロォルは満足げに微笑んでいた。
――だから、大人の魅力は諦めろって。下手に背伸びすると、すっげー痛々しくなるんだよ。なんだよ、その目。そうだよ、オレの実体験。だから、本当に見てほしかったら、自分の良さを高める方向に行こうぜ。そうだな……、テーマはベタだけど「深窓の令嬢」ってことで、どうだ。にぃさん、夢見がちなところあるから、結構効くだろ。
(さっすが、おにぃちゃん。年の功)
ロォルはここに来る前に立ち寄った兄から聞いたアドバイスを思い出して、にんまりと笑っていた。
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