第16話 思考の差異
「うわ、すっげぇ」
リィルの素直な感嘆の声が、周囲に響いた。とは言っても、それが実際に聞こえた者はごくわずかである。
「こんなちっこいところに、どんだけ力詰め込んでいるんだよ。なに? 妖精界ってのは、こんなのばっかなの?」
リィルはくるくると同じ場所を回っている。その中心には、彼の疑問に答えられずに戸惑っているライツの姿があった。
洋介との会話を終えたリィルは、目が覚めたライツに向かって駆け寄っていった。
リィルは同族以外の妖精族に会ったのは、生まれて初めてだった。妖精界の存在を親戚から聞いてはいたが、実際にその住人を目の当たりにしたことはない。
そんなリィルの目には、ライツが映っている。洋介達に見えない彼女が見えている。ライツの体に、星妖精という種族の持つ、大いなる可能性というものに気づいて、リィルは興奮を隠せずにいた。
「へへへ、ライツすごいでしょ」
意味もわからず、しかし褒められているので良い気分になってきたライツは胸を張った。そんな様を見て、優香はライツを抱きしめたい衝動に襲われて、思わず表情を緩めていた。
「おお、すげぇ、すげぇ。あんた、いったい何なのさ」
リィルは目を輝かせて、宙に浮いたライツを見上げる。こういうところは子どもっぽいのにな、と洋介は
「ライツ? ライツはヨースケのトモダチだよっ」
そして、初めて自分に答えられる質問をされたライツは見当違いの答えを口にした。一瞬、表情が固まったリィルであったが、自信満々といったライツを前に再び笑顔を見せていた。
「そっか。そりゃあ、いいな」
リィルは嬉しそうに笑っているライツに、彼が本来聞きたかったであろう内容を問いただすことはない。ただ、彼女のありのままの答えを肯定していた。
こういった余裕のあるところは大人だな、と洋介は眉根を寄せる。洋介の中にあるリィルに対しての疑惑は晴れたのだが、第一印象が未だに洋介の中で尾を引いていた。
「じゃあ、にぃさんの
「いったい、いつ僕がおまえと友達になったんだよ」
だから、洋介のリィルに向けた言葉には未だに
「えー、あんなに腹を割って話し合った仲なのに」
「腹を割って……確かにずっと話していたけれど、何を話していたのかしら?」
しかし、リィルの反撃と、そんな彼等の話の内容に興味を持った優香の間に挟まれて、洋介は尊大な態度をすぐに崩した。
「えっと、それは、まぁ、色々と」
優香の疑問にも、うまく答えることができずに慌てている。
「そう、盛り上がっているようだったから何の話か気になったんだけど。会ったばかりなのに、仲良くなったみたいで良かったわ」
優香は洋介がなぜ言いにくそうにしているのかは察することなく、嬉しそうに微笑んでいた。そんな二人の様子を見ていたリィルが、音もなく、すすっと洋介の足元に近寄ってくる。
そんな彼に気づいて、じとっとした目で見下ろす洋介。リィルは顔をあげて、とても細い声を発した。
「やっぱり、にぃさん苦労するよ。ねぇさん、下手をすると直接言っても気づかないんじゃないの。あ、それはにぃさんも一緒か。あんなことで心乱してたら大変だよ、こっから」
「ほっとけよ。僕には僕のペースがあるんだから」
リィルが洋介にしか聞こえない声量で、かなり上から目線のアドバイスを送る。それを素直に受け取る気にはなれない洋介は、むすっとした顔でリィルに同じく優香に聞こえない程度の声で返事をした。
そんな洋介を見て、リィルは嬉しそうにニヤついている。
(澤田くんもリィルくんも、あんな表情をするのね)
珍しいものを見ても、さきほどまでのような動揺は優香に生まれない。二人の間に険悪さがないからだ。何を話しているのかは分からないが楽しそうだ、と優香の心には当たらずとも遠からじな感想が生まれていた。
「ところで、おまえ。ロォル探しに、どこまで行ってたの?」
これ以上からかわれたくない洋介は話を急に切り替える。今度は優香にも聞こえるような声だ。
ちなみにリィルが「あとちょっと」だと言っていたのを洋介は覚えている。そのちょっとが、どの程度のものなのか。それによって、次の行動が変わってくるだろう。
「あそこかな、たぶん。途中で道に迷ったけど、一番高いところまではいけたはずだから」
リィルは背後の小高い山を指差した。指先は、その頂上に向けられている。あまり人の手が入っている様子はなく、背の低い木々を中心に雑多とした植生を見せていた。
(これは迷うな)
洋介に、この山を登って、また戻ってこれる自信はなかった。何だかんだ言って、洋介は町で育った子どもである。リィルも同じく、獣道しか見当たらない道中は山に慣れていない彼には辛いものであった。
「だけど、ここに戻ってきて分かったよ。ロォルは山の向こうだ。こっち側にいない」
今感じる感覚と、頂上で感じた感覚を重ね合わせて、リィルは結論を出していた。
「向こう側って……さらに海から離れるのね」
優香は自分の中に生まれている『第三者』の関与という疑惑がさらに膨れ上がっていることを感じていた。海から離れたら生きていけないと語るリィル達の生態を考えると、一人で行こうと思うような距離ではないと優香は考えている。
「ロォルが元気なことは分かるんだっけ?」
洋介は念の為、優香からもらった情報をリィルに確認する。
「うん、動いてないっぽいのが不思議なくらい」
リィルがとくに心を動かすことなく洋介の疑問に答えたのを見て、洋介は「ふ~ん」と気がない返事をする。
(澤田くん、あまり探す気がないみたい)
真剣味のない洋介の姿は優香には予想外だった。
確かに洋介は、特に自分のことには
あまり彼の力を借りたくないと思っていた優香は拍子抜けだ。
自身の力が及ぶ
そんな風に考えていた優香であったが、洋介の中の真実は少し違っていた。
(まぁ、それならなんとかなるか)
彼なりに、今回のことは真剣に考えている。しかし、それ以上に楽観的な思考が彼の中に広がっているのだ。
その要因は二つ。
一つはリィルと同じく、ロォルも自分よりも精神年齢が上なのだろうと洋介が思っていることだ。
少なくとも、リィルがそこまで心配する様子を見せていないのでロォルが洋介の想像以上の
そんな風に優香が考えるのは難しい。彼女は、リィルが倒れているのを直接見たこともあって、守るべき
ちなみに、もし、同じ状況にライツが陥ったら洋介はそれこそ
そして、洋介に深刻さが足りない理由。
「山の向こうに、ロォルを助けてくれた人の家があるんじゃないかな」
その二つ目は、無意識に妖精の見える人物を信頼してしまっていることだ。
「その人がもし、ロォルちゃんを利用しようとしていたらどうするの?」
そう語る優香のように『第三者』が悪意を持った人物だと、洋介は心底から思えない。
「う~ん、そうかもしれないけどさ」
そういう可能性があることは分かるのだが、洋介の心のどこかに否定の声をあげる存在がいる。
「もし、悪い人がロォルの側にいるんだったらリィルがもっと焦ると思うんだけど。どう?」
この考えも、洋介がリィルの力を信頼しているというよりは、そんな人はいないだろうという思いの上に成り立っていた。
妖精の見えない人物から
「食われてないから、まだ元気だよ」
「え。元気って、そういうこと? そうなると、ちょっと危ないかもしれない」
しかし、リィルの言う「大丈夫」の範囲が自分よりも狭いことを知って、さすがに考えを改める洋介。
「だから、言ってるじゃない……」
そして、優香は頭を抱えるのであった。
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