第10話 友との思い出
優香の話してくれたのは洋介にとって刺激的で、とても興味深い話だった。
「行方知らずの氷妖精、かぁ」
妖精達には厳密に言うと言語というものが存在していない。それを聞いた人間が、自分達の言葉で勝手に翻訳していることを洋介は知っている。
だから、氷妖精というからには洋介の知識にある氷と彼等は関係があるのだろう。
ただ、氷と名乗っているのに優香の語るリィルはどこか暖かい。実際に見てみると、印象は違うのかもしれないが悪い存在ではないのだろうと洋介は想像する。
「そっか。それで、今日はずっとロォルを探してたんだ」
洋介は自分なりに優香の話してくれた内容を整理する。
リィルという氷妖精が優香のいる浜辺に流れ着いた。彼は、同じく氷妖精の妹、ロォルが近くにいるはずだと主張し、優香は彼をロォルに再会させてあげたいと思っている。ただ、手がかりとなるリィルのロォルを探知する感覚はアバウトすぎて決定打にならない。
そして、肝心のロォルの場所であるが、彼女一人では移動しにくい場所にいる可能性が高い。もしかしたら優香以外の人間が彼等を視認できて、その目的の障害になっているかもしれないという彼女の推理。
人の悪意が存在していると結論付けるのは時期尚早ではある。しかし、優香がそれについて迷うくらいは優香の主張はもっともなことだと洋介は思った。
それに加えて、電話で話していて洋介には少し気になっていることがある。
(井上さん、ちょっと疲れてる?)
優香の声にいつもの勢いがないように、彼は感じていた。自分にできないことがあると努力して克服しようとする彼女のことだから、無理をしているのだろうかと洋介は思う。
そんな憶測もあって、洋介は意識して緩めの口調で、自分の考えを彼女に伝えた。
「リィルが今、井上さんの近くで休んでいるってなら、ロォルは僕達が思っているよりも強いんだよ。大事な妹なんでしょ? 本当に危機が迫ってたら、安心して眠れないよ。だから、大丈夫。焦っても、やれることは増えないんだから」
優香への
そんなリィルが体力回復に努めているのだ。そういう判断ができるという状況なのであれば、優香が考えているより事態は深刻ではないのだろうと洋介は思う。
『そう、かもね。分かったわ』
確かに、リィルは単純に分かっていないだけかもしれないという懸念はあるのだ。優香の不安は洋介のも理解できる。
しかし、その実、リィルはとても冷静に物事を考えているのではないかと洋介は思うのだ。それは、彼の優香に対しての態度から察することができる。
「それにしても、そいつ、人に慣れてるよね。ずっと地上育ちなのかな」
リィルの経験値はどこから来ているのか。洋介は予測して、とくに何も考えずに話題に出した。
『……!?』
息を飲む音が洋介の耳に聞こえる。なにかおかしなことを言ったのだろうか、と洋介は考えるも何も思いつかなかった。彼が考えている間に、優香は洋介にある疑問を
『澤田くんは、なんでリィルくんが地上育ちだと思ったの?』
洋介があまり気にもしていなかったが、彼がリィルを地上出身である予想をしたことは優香にとって
優香も彼と同じ予想をしていた。しかし、その下地が違っている。そもそも洋介と彼女では与えられている情報が違うのだ。
優香は、リィルが会った人間について話していたことを洋介には伝えていない。人里、という単語も使っていたし、普段は人のいないところに住んでいても、それほど人間と隔絶した環境にはいなかったことを彼は優香に伝えていた。
そして、リィルの昔住んでいた島が海底火山の噴火で無くなってしまったことや、それによって地震を恐れていることは当然教えていないのだ。リィルが自分で話してくれるのはいいとしても、他人に伝えてはいけない内容だと優香は考えている。
この情報で、優香はようやくリィルが地上で暮らしていたことを確信した。それなのに、リィルのことをろくに知らない洋介は同じ結論に達していたのだ。
優香はそこに驚き、自分との違いを彼から感じ取った。だから、興味をひかれて聞いてみたのだ。
しかし、反射的に尋ねてしまってから、また踏み込んでしまったのではないかと少し優香が後悔していることを付け加えておく。
「そんな大した理由じゃないんだけど」
優香が前のめりになっているような気がして、洋介は恐縮しながら口を開く。
「
洋介と優香の共通の友人であり、優香が自分が妖精を認識できるという事実を教えてもらった存在。彼女との出会いを思い出して、洋介は語る。
妖精界、それは妖精達にとっての理想郷だ。それぞれの種族の王が、自分の力を使って広げた領域で不自由なく暮らしている。
洋介も全容は知らないが、人間に会ったことのない者も多くいるのだろう。中には少ない知識で人間を敵対視している者もいるかもしれない。
「それに比べて、あの子、いや、桔梗は最初からフレンドリーでさ」
そして、もう一人。洋介が口にしたのは、彼が初めて交流した人ではない者の名だ。
「昔はもっと自分が見えるのが多くいたって言ってたよ。井上さんから聞く限り、リィルも桔梗と同じ感じみたいだったから、昔は人間と会ったりしてたのかなと思ったんだ」
今は妖精界から離れることができなくて会うことは叶わないが、桔梗はそれこそ長い間地上で暮らしていた。洋介のことを久々に自分が見える人間がいたと喜んでいたから、地上にいる間に数多くの人間と交流してきたのだろうと洋介は思っている。
『ああ、そう。桔梗さんね。そういえば、そうだったわね』
「……?」
優香の話し口から、急にキレがなくなった。そういえば、優香が少しよそよそしくなったのは桔梗のことを話してからだったかと洋介は思い出す。
優香が少し黙っていたので、洋介は思い出そうと思考を巡らす。しかし、優香はすぐに口を開いたので彼の作業は中断された。
『リィルくんが地上で生まれ育ったってことは、私も間違いないと思っている』
洋介の意識が電話のスピーカーに戻る。凛とした響きが、そこから伝わってきた。
『昔は同族もいたらしいけれど、今はロォルちゃんしかいない。だから、何としても会わせないと』
決意を込めた強い口調の中に、隠しきれない穏やかな優しさが感じられる。彼女らしいな、と洋介は思う。
「そっか。さっきも言ったけど、大丈夫。きっと何とかなるから」
ほころぶ顔をそのままに洋介は激励の言葉を彼女に贈っていた。
「あ、そうそう。井上さん」
『どうしたの?』
そろそろ電話を切らないと洋介に迷惑だろうと悩んでいた優香に、彼はある質問を投げかけた。
「おばさんの住んでいる家の住所、教えて?」
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