ライツ、只今社会勉強中② 流星の拳

 店員が二人の様子をちらちらと観察しているのに気づいた。さすがにここで話し込むのは営業妨害だろう。

 書店から外に出れば。ずいぶんと穏やかになった空気が、二人を暖かく包み込んでくれる。


「ライツちゃん、漫画読むんだ。そもそも文字って分かるのかな」


 人間の子でも読み書きを覚えるのは大変だから、と優香は話題を継続している。


 このタイミングですぐに別れるつもりだった洋介は、立ち話になってしまっている現状を後悔している。どこか座れるところにでも行った方が良かったのだろうか、と。そんな気を回す台詞を使えるような人間ではないので、流れるままに道端で会話を続けている。

 先程から周囲の目が洋介は気になっている。優香は全く気にしていないのだが、何人か通り過ぎる人がこちらを確認しているように洋介は感じるのだ。


(井上さん、今日も近いよな)

 他の誰と会話する時よりも、優香は洋介との距離が近い。友人同士と会話する距離から、一歩優香は中に踏み込んでいる。


(そういえば、後輩の子にむちゃくちゃ詰問されたことがあったよなぁ)

 優香との関係性を問いただしてくる少女に、しどろもどろになった苦い経験を洋介は思い出していた。


 客観的に見ても、彼女のように考えてしまうくらいだ。もし、これで相手が自分でなければ色々と勘違いさせてしまうんだろうなと洋介は思う。今でも、平常は近寄りがたい空気をまとっている優香であるから、こんな親しげに話されるだけでも好感度はうなぎ登りであろう。


 ちなみに、洋介も分かっているのだが優香に他意はない。


 優香は単純に同年代の親しい相手と接した経験がないので、距離をつかみきれていないのだ。他の人達との距離に比べて、相対的に洋介との距離はとてつもなく親密なものに見えてしまう。


 その事実が、洋介には嬉しくも恥ずかしくてくすぐったいのだ。


「読む、というよりも分かるって感じだけど」

 洋介は優香の疑問に答えようと、少し前にライツがやってきた時のことを話しだした。



 それは、卒業式を終えたばかりの頃。数日、ライツが滞在した時のことだ。


 春休みの課題を片付けようと机に向かっている洋介だったが、意識は別のところにあった。合間合間に、チラチラと後方を振り返っている。

 いつも居城にしている机の上は洋介が使っている。だから、ライツはベッドの上にペタリと座り込んでいた。彼女は真剣な面持ちで開いた本と相対あいたいしている。


(自由にさせてやってくれ、と言われてもね)


 星妖精側が洋介に求めたのは基地ベースキャンプとしての役割だ。地上で、ライツが帰ってくる場所としていてほしいとお願いされた。好奇心旺盛な彼女は、こちらに来ると色々なところを飛び回っている。もし、それで危険なことがあったとしても帰る場所があるのなら、すぐに戻ってこれるのだ。


 かつてのように、迷子になることもない。ライツは自分が強く絆を感じている相手の場所はすぐに感知できる。


 特に問題はないと思ったので、洋介は快諾したのだ。しかし、その条件には別の問題があった。


(構いたいのは僕の方だったか)

 洋介はライツがとっている行動が気になって仕方がない。目に見えないところにいる時は危ないことになっていないか気がかりだし、逆に迷惑なことをしでかしていないかハラハラするのだ。

(まぁ、それは過保護ってやつなんだろうな)

 基本的にあまり活発的でない洋介だって行動を縛り付けられるのには嫌悪感を感じるのだ。ライツであれば、なおさらだろう。


 今日一日何があったのか報告するライツの目はとても輝いているし、ライツらしい面白い観点から物事を知れるので洋介にも有意義だ。極力、ライツが声をかけてくるまでは洋介は黙っておくことにしている。


(それでも、なぁ)


 もう一度、ライツの読んでいる本を横目に見る洋介。彼女は自分と同じくらいのサイズの単行本を上手に扱っている。勝手に閉じないように両手でギュッと抑えつけているそれは洋介の見間違いじゃなければ一昔前の漫画本だ。

 暇つぶしに買ってはみたものの趣味に合わなかったから放置していた代物である。そんなのをよく発掘してきたなと思っていたのだが、どうやらライツの好みに合致がっちしたようだ。恐ろしいほどにライツは静かである。ちょっと不気味さすら洋介は感じている。


 彼女は、人の言葉と同様に文字も『理解』しているようだ。だから、難しい文章や長文になると『理解』が追いつかない。持っている知識がまだまだ足りていないライツには読める文字もそんなに多くない。

 その点、絵が主役で擬音語や擬態語の多い漫画とは相性が良かったのだろう。それはそれでライツに新しい世界が開けたというのは喜ばしいことである。


(でもなぁ、よりにもよってアレ・・か)


 洋介が頭を抱えているのは、その漫画の内容である。一回流し読みした洋介の記憶が確かであれば、暑苦しいほどに血を熱くしている少年達が強敵と書いて「とも」と呼ぶような友情話を展開していたはずだ。


――これで、あたし達トモダチになれるかな?


 ふと、洋介の頭に倒れている相手に手を差し伸べるライツの姿が浮かんだ。

(そりゃ、好きでしょうよ。そういうの)

 ライツの好みは把握しているが、どうしても似合わないとは感じてしまう。それは個人の価値観だ。口には出さないから許してほしいと洋介は思っていた。


 だから、そんなふうに人の趣味にどうこう言えるほど、洋介は分かっていない人間ではない。ただ、どうしても引っかかるのが漫画の中の彼等が使っている技だ。


 半年前。ライツは洋介を窮地きゅうちから救ってくれた。

 そのとき、洋介が見せた星座の図鑑をもとにイメージを膨らませてライツは自分の技を組み上げた。もし、その技をイメージする源が漫画でも可能だとしたら、どうなるか。


 そんな想像を洋介がしていると、ずっと座っていたライツがすくっと立ち上がった。あまりに突然のことで、洋介はビクッと体を震わせる。


 何事か、と注視しているとライツはギュッと自分の小さな拳を握りしめた。

(ファイティングポーズ?)

 ライツはそのまま、目の前に仮想の敵がいるかのように連続してパンチを打ち出した。


「しゅっ、しゅっ、ズバッ」

 ライツは自分の口で擬音語を発している。その様は非常に可愛らしく微笑ましいのだが、ただ可愛いと思ってはいられない。どうやら、そんなに洋介の想像からは離れていない事態になってしまいそうだった。


(このままじゃ、僕のせいで超武闘派な王様が誕生してしまうかもしれない)

 天に拳を突き上げる未来のライツを想像して、洋介は大きく溜息ためいきをつくのであった。

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