それから

 国内でも類を見ない異例の夜光姫討伐作戦から一夜明けた今日。

 光陽台市からほど近い神室町にある「協会」専用ビルの最上階、幹部連のみが入室を認められる「特別会議室」にて、最後の話し合いが開かれていた。

 楕円を描くテーブルには新協会長に就任した少年、「霧雨 託人たくと」と彼の側近に選ばれた陰陽師の一族「賀茂氏」の後継者である忠憲ただのりが中央に席を陣取っており、二人を囲むように六名の男女が集う。彼ら彼女らは、前協会長、霧雨 霜華そうかによって罷免された各支部長の後任である。

 北海道・東北支部長「森園 奥羽もりぞのおくう

 中部支部長「豊和 比奈とよわひな

 近畿支部長「土壌 千晶どじょうちあき

 中国支部長「甘原 出萌かんばるいずも

 四国支部長「山内 素近やまのうちもとちか

 九州・沖縄支部長「島津 宗兵衛しまづそうべえ

 彼らが「協会」の新幹部達である。

 本日、託人がこの会議に出席した理由は新しく幹部となった彼らとの顔合わせのためだ。しかしもちろんそれだけではない。最たるものとしては、この世界における最大の危険因子–––––「夜光姫」をどうするかということだった。今回の任務責任者として、託人には説明の義務がある。故にここへ召喚されたのだった。

「……では、全員が集まったということで早速会議に入りたいと思います。本日の議題と致しましては、先だっての任務においてまず報告がありますので、先にそちらを行わせていただきます」

 滑らかな語り口で託人は話し始める。事前に暗記しておいたのだろう、手元の原稿に殆ど目を落とすことなくすらすらと話を続けていく。

「今回の任務において押さえておかなければならない重要なポイントは三つある。一つ、どのような術式を用いたか。二つ、何故このような事件が発生したか。三つ、今後どのような対策をするべきか。まず一つ目は–––––……」

 いわゆる普通の妖怪や魔物と違い、生死の概念そのものがない夜光姫を殺すことはできない。彼女はそもそも人間が本能として持つ恐怖という感情が具現した存在であるからだ。生物の範疇に収まらない存在なので、封印というやり方を取らざるを得なかった。

 さて、その「封印」とは、一般に悪しきものを結界に閉じ込める手法を使うことが多い。しかし結界は永続的な効果を持たせるのが非常に難しく、大抵は一時的措置であるのが殆どだ。そこで、夜光姫封印の術を考案した人物–––––平安の世に活躍した大陰陽師「安倍 晴明」は夜光姫とこの世界のリンクがりを切り離してしまうことで、彼女の意識そのものを抑え込む方向で術式を組んだ。

 これにより、夜光姫はこちらの世界に一切干渉できないし、そもそも「起きて」いられない。したがって、平安時代に封じられてからおよそ千年以上、ずっと眠りについた状態だった。アウローラに目覚めさせられるまでは。

 しかし、この術式には一つ大きな代償があった。それは行使した術者の命を奪ってしまう点だ。発動の際に莫大なエネルギーを必要とするため、術者の生命エネルギーを捧げなくては術式そのものが起動しない。それが原因で、実際に夜光姫の封印を行った霧雨一族開祖「水雨みう」は亡くなっている。

 使えば必ず死ぬ。

 夜光姫を確実に封印できるが、そのためには自分を全て差し出さなければならない。秘伝書の管理者である後裔の土御門晴哉が祖先に激しい怒りを抱くのも無理からぬことだった。

 では何故そのような術式を組んだのか。それは、考案した安倍 晴明が妖怪と人間の間に生まれた合いの子ハーフだったからだ。

 ただの人間が行使すれば必ず死ぬ。しかし二つの種族の力を継ぐハーフは、いわば命を二つ持っている状態だ。どちらかを差し出せば死ぬことはない。もちろん本来より寿命は縮むしハーフとしての能力を喪失するが。

 ここから導き出せる結論はただ一つ。

「安倍 晴明」は、自らの手で家族夜光姫を封じるつもりだったということ。

 何故彼らが家族となり得たかは分からない。けれど晴明はを決めて、陰陽師として得た全ての知識と経験を注ぎ込み、最高にして最悪の封印術を編み出した。

 結局彼が生きている内に夜光姫は暴れ出すことはなく、むしろ晴明本人が死んだために彼女は己の力を暴発させ、水雨が封印の代償に命を落とすことになってしまったのだが。

 そして、夜光姫は世界からその存在ごと切り離され、二度と目覚めることのない眠りについた。

 安倍家は夜光姫とその封印に関する全ての資料や文献を保存し、代々の当主に伝えている。実際に行使した霧雨一族には何一つ渡さずに。もちろん悪用を防ぐ狙いもあっただろうが、おそらくはノウハウを盗まれるのを嫌ったからだと推測されている。当時から二つの家はライバル同士の関係にあったというのは有名な話だった。

 そして、現在。

 アウローラが解封して夜光姫はこの世界に復活し、配下を揃えて退魔師達との間に争いを起こした。彼女を止めるため託人は土御門宗家を訪れ、当主のみが閲覧権限を持つ秘伝書の内容を読み解き、見事に再封印を成功させる。

「今回、私は安倍晴明が遺した原典オリジンに手を加え、一部変更しました。意識ではなく力を抑え込むので、今の彼女は人外の異形としての能力は全く使えない、普通の人間とほぼ変わらない状態です。よって夜光姫はこの世界と隔絶されることはありません。ただし、彼女の精神が枷となっているので、人間と同調するようになればいずれ解けるでしょう」

 託人が施した術式には、一つのギミックが仕込まれている。それのおかげで、夜光姫は今後一切、異世界タウンの能力は封絶される。弱体化–––––あるいは無力化された、現在の彼女は幼い子どもと同じだ。力も外見も。

「では、ここで質疑応答に移ります。何か質問はありますでしょうか」

 進行役を務める忠憲の言葉に、六人の支部長達は難しい顔で唸る。ここまでの説明に過不足はなく、矛盾するようなところもなかった。

 だが、まだ語られていないことがある。それは託人自身についてだ。ハーフ故に死なすに済んだとはいえ、強大な力を有する夜光姫を力ずくで押さえ込んだのだから、本来なら何かしらの影響を受けているはずだ。

 霧雨一族とは同盟関係にあり、個人的にも付き合いのある「土壌一族」の当主である少女「千晶ちあき」はどこか不安げな眼差しで尋ねた。

「託人くん、あなたの身体は大丈夫なの……?私はそれが一番心配だよ。だってあれだけの術を行使したのに、何の影響もないなんてありえない!」

 –––––本当は、此処に居るだけで奇跡みたいなことなのに。

 千晶の視線を受け、彼はあくまでも穏やかな表情を崩さずに答える。

「君の言う通りだ。俺はもうハーフとしてのチカラは一切使えない。ただの人間と同じ程度だ。加えてハーフの持つ長命な寿命もかなり削られている。多分普通の人間よりも短いかもしれない。

 ……けれど、俺は後悔してないよ」

 たった一人の大切なのために、彼は一つの覚悟を決めて行動した。

 だからこそ、その心に曇りはない。

「そう……。なら、いいの。あなたがいつか斃れるそのときまで、支えるだけのことだから」


 結局、二つ目の議題–––––「何故、夜光姫が今回のような事件を起こしたのか」については、結論が出なかった。監視下に置いてある夜光姫本人が頑として口を割らないために、全容の解明に至っていないからだ。

 そして、三つ目の議題は「今後、彼女をどう扱うか」

 喧々囂々の議論が交わされる中、託人にはある一つの考えがあった。



「みなさん。ここは一つ、俺に任せてくれませんかね」





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