結束の夜
一族当主「霧雨 霜華」電撃引退事件の翌日。まだ夜も明けきらぬ暗い早朝の時間帯に"彼ら"は集結していた。
霧雨一族特有色の銀髪碧眼に軍服を模した戦闘服を着込んでおり、皆一様に勇壮な雰囲気を全面に押し出している。男女比、年齢層はバラバラで、大人も子どもも男性女性問わず揃っていた。加えて武装しており、剣、槍、銃、弓、盾、鎧、グローブなどありとあらゆる武器・武具を身に付けている。
彼らは「レイン」という通称でよく知られている。霧雨一族が誇る、高い戦闘力と才能を有する最精鋭の部隊。
数ある魔物の中でも最高危険度を誇る強大な力を持つ「アウローラ」を捕まえた者たちだ。
同じ一族の人間であってもその立場や役割は全く違い、当主の命令にのみ従って動く「私兵」といえる。
昨日付で霜華が当主の座と協会長職を辞したことを前もって知らされていた彼らは、今日から新当主として君臨することになる少年との顔合わせのために、こんな朝っぱらから本邸大広間に集められていた……のだが、時間になっても肝心の彼が現れず、すっかり雑談の場になってしまっていた。
「霜華さま、ホントに辞めちゃうのかなぁ……、今でもあんまり信じられないよ」
「全く、なんであの人が当主辞めなきゃいけないんだよ。
「ま、俺はこれまで通り闘わせてくれんなら、アイツでもいーけどねー」
「……任務はまだか」
「つーか、今日の主役はまだなわけ?アユミちゃんとサユリちゃんとナオコさん待たせちゃうだけどぉ〜?」
各々が好き勝手に喋っており、ザワザワと煩い広間へやっと姿を現した青年は苦笑しつつ呟いた。
「ハァ……、相変わらずお前ら纏まりに欠けてんなぁ」
肩まで伸びた黒髪をヘアピンで留め、右耳に繊細な意匠を施した銀のピアスを嵌めており、ノーネクタイの白いシャツに細身のデニムを合わせている。しかし、暗器や銃器類がたくさん仕舞われているギターケースが彼の爽やかな外見を裏切っていた。
「おー、託人じゃんか!久々だなーこの前の大規模任務以来じゃね?」
「チッ、やっぱりテメェかよ。んなことだろうと思ってたけどよぉ」
「あー、お前かぁ。これからは手合わせの機会なさそうだな…」
「早く任務を出せ」
ガヤガヤと喧しい彼らにもはや託人はため息も出ない。霧雨家に来てから長いこと一緒に仕事をしてきて、全員の性格は把握していたつもりだが、やはり変わらないなぁと少しだけ嬉しくなった。
そう。たとえ己の身分が、立場が、役割が、あるいは本性が違ったとしても、変わったとしても。
きっと彼らは、"彼ら"のままだ。
「……ふふ。
ありがとう、母さん。あなたが残したものはとても素晴らしいよ」
だからもう、恐いことなど何もない。
「みんな、朝早くから集まってくれてありがとう。今日は顔合わせということで召集をかけたけれど…、実際には君たちにお願いがあって呼んだんだ」
「お願い、だってぇ?へぇ、天下の当主サマが俺たちに何を願うんだよ」
「託人ー、お前キャラ変したの?悪いけどソレ全然似合ってないぞ〜」
「託人くん、遠慮しないで何でも言ってくださいね」
「そーだよ!コイツはあんたに突っかかりたいだけなんだからさぁ」
「うう…、託人くん大きくなって……。あ、ヤダ涙が…。ふぇ、ひっく」
個性豊かというか自由人の寄せ集めというような面々に、クツクツとこみ上げてくる笑いをどうにか抑えつつ、託人は本来の口調で語り始める。
「私は、ヒトとして色々と足りないところがある。加えていうなら、そもそも純粋な人間というわけでもない。私はただの便利屋だった。……今までは。
だが、もう私はあなた達を率いることをしなければならないところにいる。
霧雨一族は巨大になりすぎた。だからそれをまとめ上げる存在がいる。けれどそのための力も経験もまだ足りない。
どうか、頼む。私に……いや、俺を支えてくれないか?」
真っ直ぐに向けられた視線。そこに、迷いや戸惑いはもう、ない。
苦悩も悲愴も哀惜も怨嗟も憤激も憎悪も。恐れは、捨てた。
黒曜の瞳に映るのは、確かな覚悟。
青年は今一人の男ではなく「霧雨一族」を束ねる当主として此処に立っている。
だからこそ、「レイン」に属する者たちは祝福を捧げ忠誠を誓う。自分達を使う新たなる頭として認めて。
深く、深く、下げられた頭。
静まりかえる空間で、託人は穏やかに微笑んだ。それは、上に立つ者としての微笑みだった。
「いきなりで悪いけど、お前達に任務を与える。というか、この案件についてはレインで処理してもらいたい」
それまでの感動的な空気を粉々にするかのように、託人は事務的にブリーフィングを始める。もちろんそれに異を唱える者はいない。元々、任務があるからこそ此処に来ているのだから。
「最初に言っておく。今回、
「わかった。とりあえず、私は普段後衛だし、今回は結界の保護に回るね」
「了解です。では私は遊撃隊に」
「はい、僕は伝令と後方支援を担当させていただきます」
「把握した。私は斥候に入る」
「私も!捜査に行ってくるね」
「OK、俺は前衛やるわ。トレーニングルーム行ってるから、なんかあったら呼んでくれ」
「同じく、俺も主攻撃をさせてもらう。
具体的な戦略が決まるまで鍛錬するとしよう」
淡々とした、けれど決して突き放すものではないやり取り。誰もが自分の役目を理解して、それを果たそうと動き出す。退魔師として、あるいは一人の人間として、彼らは己が何をすべきかきちんと心得ている。
そこに不安など感じる必要があるだろうか。いや、安心して任せればいいのだ。
託人の「お願い」をみんなは確かに聞き届けてくれた。
ならば、自分のすることはなにか。
「……ありがとう。俺はこれから、罷免された支部長達の後任を決めなくちゃならない。だから、頼むよ」
踵を返し、執務室へ戻ろうとする託人に後ろから声がかかる。
「こっちこそ、これからの霧雨一族をよろしく頼むな、…当主さん」
振り返り、柔らかな髪をフワリと揺らして、青年は口元をほころばせる。
「 」
暗い、暗い、地下の底。
ドロリと濃密な闇が淀み、滞留する空間の奥深く。
巨大な金の鳥籠に閉じ込められたその女は、うっそりと嗤う。
薄汚れた長い白髪がグシャグシャに振り乱されて、純金を融かし込んだような瞳に歪んだ光が差した。痩せ細り、ぼろぼろに傷付いた腕がふらふらと伸ばされ、何かを掴もうと開閉する。
「ふふふ……、ふふっ、は、ははっ…、あははは!!もうすぐ、もうすぐで、私の望みが叶う!!もう少しよ、あと、少しで全てで終わるのね。待っていて…今、行くから。ねぇ、そうでしょう?
私のかわいい子ども、託人……」
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