第68話 襲撃犯の正体

商人が襲われた森の奥にいたのは、粗末な服を着た亜人たちだった。

犯人たちが張ったらしい結界の先で見つけたのだが、彼らが商人を襲ったとは思えない。むしろ被害者に見える。

それを見て、一つの答えが浮かんだ。


「奴隷だ」


「どういうことです?」


「襲われたのはヒュマばかり、商人も護衛もヒュマ、人目をはばかる商品、全てつながった。つまり襲われたのは奴隷商で、彼らはその商品だった人たちだ。ゼニスには裏のマーケットがある。俺を捕まえてた商人、ウラルトもその関係者だ。ヒュマから来た商人がそこから奴隷を買い付け、ヒュマの国へ連れて行く。もしくは買い付けに来る途中で、道を確かめる時に通った時に襲われた。それが今回の事件の真相だったんだ」


それで全て筋が通る。

彼らがまだこの場所にいるのは、きっとこの人数を移動させる方法がないからだろう。人数に対して物資が明らかに足りていない。それに弱っている者もいるようだった。


「そういうことだったのね。奴隷商を襲撃する手際は良かったみたいだけど、後先考えないとか頭悪いわよね」


ザラが森の奥へと声をかけると、木の上から返事が返ってきた。


「我らの結界を簡単に破る者がいたかと思えば、頭でっかちの偏屈者だったか。掟を破ってまで我らの悪口を言いに来たのか?」


言葉と共に森の奥から次々と人が出てきた。姿を現した全員がしっかり武装を固めたエルフだ。

リーダーらしきエルフに向かってザラが、俺には分からない言葉で何かを言った。エルフの方も同じ言葉で言い返し、そのまま言い合いが始まる。たぶんエルフ語なんだろう。内容は理解できないが、ののしり合っているだけだろうと思う。


「ザラどの、彼らはその、もしかしてお知り合いなのですか?」


パドマが恐る恐る声をかけると、ザラはこちらのことを思い出したように応じた。


「コイツらはアタシと同郷なの。故郷を出てった脳筋たちね」


他種族の区別はつけにくいが、顔つきがどことなく似ている気がする。

もしかしたら親戚とかなのかもしれない。

脳筋と言った通り、男も女もザラより筋肉質な体つきをしている。武器も弓や剣を身につけていて、しかもかなり使い込まれているようだった。


「貴様らのような引きこもりと一緒にしないでもらいたいな。我らは郷のために外の世界との橋渡しをすべく旅立ったのだ。それに我らは郷の掟に基づいた試験をクリアしている。その試験に落ち続けていた貴様と違ってな」


「アンタたちがその橋渡しをした結果が……、」


ザラの口調が急に弱くなる。


「郷が襲われたのだったな。我らもつい先日知ったところだ」


エルフたちの表情が曇る。誰もが辛そうな顔をしていた。


「我らも、貴様らを笑えぬ。郷のためと言いながら、外界の者の愚かさにあきれて遠く離れた地を放浪しているだけだった。故郷の危機を知ることもできなかったのは、痛恨の極みだ」


「ヤツラの侵攻は火事のようだったわ。何もかも根こそぎ持っていかれた。もうあそこには何も残ってないでしょうね」


ザラの言葉に、エルフのリーダーはこぶしを握りしめる。


「そうだろうな。だからこそ我々は今こうして、奪われた同胞を取り戻そうとしているのだ。ザラよ。同郷の者として頼もう。我らとともに来てくれ。貴様の精霊魔術があれば、我らはより多くの同胞を救うことができるだろう」


エルフのリーダーが手を差しのべた。

俺は間に入ろうとしが、ザラに肩を押しのけられた。


まさか拒否されるとは思っていなかった俺の横を通り、ザラはエルフのリーダーの前に立つ。そして平手でリーダーの頬を打った。


「何をバカな事を言ってるのよ。同胞を救う?アイツらを見てみなさいよ、ちっとも救えてないじゃない。服も食料も足りてない。このままじゃすぐにでも飢え死にするわよ。自分の理想だけ見て、現実を見ていないじゃない。これだから脳筋はダメなのよ」


「なん……だと……?」


エルフのリーダーは打たれた頬を押さえている。

ザラは俺の方をチラリと見て笑い、そしてまたリーダーへと向き直った。


「何よりダメ一番だめなことは……」


ザラはそこで深く息を吸い、大きな声を張り上げた。


「ヒュマを全部根絶やしにする!!くらい言えない玉の小ささよ!アンタらの恨みはその程度で晴れるものなの?アタシは違うわよ。アタシと一緒にいるコイツは亜人を全部従えて、ヒュマの国をぶっ潰すヤツなんだからね」


「はあ?」


思わず変な声が出た。

言ってないぞそんなこと。一言も言ってない。


「なんだと!?正気の沙汰ではない。……だが、貴様がそこまで信じているなら、それなりの根拠があるのだろう。よく見てみれば今まで見てきた者とは違う雰囲気があるな。これなら我も信じられそうな気もしてくる」


気のせいだからそれ。


「貴殿、名はなんと申す?」


「グレイだ。ただの冒険者だよ」


「我が名は緑深き森のブリセイダ。冒険者のグレイよ、貴殿の覇道に興味がわいた。我らも行動を共にしてもよいだろうか?」


「ちょっと待て、俺たちはそもそも商隊を襲った犯人を捕まえにきたんだ。その犯人はお前たちだったんだろう?なら俺はお前たちをギルドへつき出さなくちゃならないんだが」


「ですがグレイ殿、彼らは亜人奴隷を助けていたのですよ。ならばワタシたちの目的に沿うものではないでしょうか」


「そうよ、どうせ被害者はヒュマの悪人だけでしょう?なら気にする必要はないわよ」


「そういうわけにもいかないだろうが……」


ダメだ、すぐには答えが出せない。ちょっと落ち着いて考える時間が必要だ。


「答えは後でいいか?とりあえずあの奴隷だった人たちをなんとかしよう。食べ物はたくさん持って来ている。服は……見た目を気にしなければ、数は足りる」


「それは助かる、我らの狩りだけでは限界だったのだ。我々は待つことには慣れているのでな、ゆっくり考えてくれ」


そんな落ち着ける心境ではないが、落ち着かないと答えは出せない。

まずは目の前の仕事を片付けるべく、必要そうなものを出せるだけ出して、みんなで分配してもらうことにした。

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