第58話 再会
◇◇◇
あれから何日経っただろうか。仕事は順調に進んでいたが、大変な重労働で毎日ヘトヘトになる。時間の感覚は分からないが、早く終わらせるためにも休みを削って頑張っていた。
そして今日もまた、暗い廊下を歩いて休憩室まで戻ってきた。
「疲れた」
粗末なベッドに腰掛け、ため息をつく。あの怪物を最初に見た時はどうなることかと思ったが、見た目ほど凶暴ではなくて助かった。
怪物を大人しくさせる、躾けると言われても、言葉が通じない者を相手にしたことはない。ペットを飼いたいと思ったことはあるが、虫や金魚ならともかく、犬や猫は飼ったことはなかった。
アレに知能はあるだろうが、それでも油断できる相手ではない。やめてくれと頼んだところで、素直に従ってくれるとも思えない。
恐ろしいことに、胴回りだけで俺の身長よりも大きいのだ。向こうはただじゃれついているだけでも、俺は全力で相手をしないとぺしゃんこにされてしまう。
体力がバカみたいにあって良かったと心から思った。
とりあえずあの怪物の世話だけしかできていないが、友好度は稼げていると思う。明らかに俺より格上なので情報を見れてはいないが、初対面の時よりも警戒ははるかに薄くなっている。
問題は、あの商人がどれくらいで仕事を達成したと思うかだろう。ゲームの時と同じなら忠誠度が100を越えるのが目安だろうが、今の俺ではその数値を見ることができない。商人ならその数値を見抜く道具とかを持っているかもしれないから、油断できない。
あの怪物を躾け終わった時に本当に解放してくれるとは思えないし、それ以前に、あの怪物を商人に渡すべきではない。
アレは、普通にいるようなモンスターではない。きっと何らかの事情で産まれてしまった、悲しい怪物だ。
俺だけでなくアレもなんとかして脱出させなければならない。ただ、うまくいってもアレをかくまうことなどできないだろうし、街で生活するのは難しくなりそうだ。
とにかくまず俺がすべきことは、あの怪物と仲良くなることだろう。
そのためにも今は体を休めて、体力の回復をするべき……なんだが、気分がまったく落ち着かなかった。
原因はわかっている。禁欲生活がすでに二日を越えているからだ。
オーカスになってしまってから俺は、常に自分の性欲を持てあましていた。ザラたちがいてくれたから、俺はなんとか常識人の振りをして、平静を保っていられた。だが今は俺一人だけだ。
一人だけ。
寂しい。
例え性欲がなかったとしても、俺は彼女たちと会いたい。一緒にいるのが当たり前になっていたから、誰も俺の近くにいないというこの状況に耐えられなくなっていた。
彼女たちを巻き込みたくないと思う気持ちと、それでも会いたいという気持ちがせめぎ合っている。
昨日もそんな気持ちを抱えて煩悶していたら、俺の頭がおかしくなったのかと勘違いした商人が邪推して、娼婦を呼んでやるとか言っていた。
俺が会いたいのは彼女たちであり、女なら誰でもいいワケじゃない。そう言いたかったが言ったら弱みを握られるだけなので、曖昧に返事をすることしかできなかった。
そんなこんなで罪悪感と不安にあぶられながらベッドでうなっていると、外に通じる方のドアが強く叩かれた。
「気持ち悪い声を出すのはやめろ。ほら、女を連れてきたやったぞ」
世話役の男が、ドレスを着た女を連れて入ってきた。この男はドラム缶のような寸胴で背の低いドワフだが、連れてきたのはそれよりも頭一つ分小さいドワフだった。
目隠しをされて入ってきたその女性に強い既視感を感じて、思わず顔をしかめてしまう。
「年増が気に入らないのかよ、囚われのくせに贅沢なヤツだな。だがお前に選択権はねえ、コイツで我慢するんだな。ここまでしてやってるんだから、ちゃんと成果を出しやがれよ」
女性の背中を突き飛ばしてきたので、倒れる前に受け止める。
男はそれを見て不機嫌に鼻を鳴らすと、音を立ててドアを閉じて行った。
「大丈夫か?目隠しを外すぞ」
女性はうなずき、俺の方を見上げながらじっと待っている。
目隠しの下から現れた顔は、さっきまで俺が会いたいと思っていた女性の一人だった。
「ミミル?これは、夢じゃないよな?」
「グレイさ、夢じゃないだよ。会えてよかっただよ」
飛び上がろうとするミミルを捕まえて、抱きしめる。この手触りは、この感触は本物だ。夢じゃない。
「よかった、また会えた。俺もすごくうれしい」
「オラもすごくすごくうれしいだ。グレイさがいなくなって本当に本当に心配しただよ。どっか消えてしまったかと思っただよ」
「お前たちを置いてどっか行くわけないだろ。俺もずっと会いたかったんだ。よかった、よかった」
そうしてしばらく抱き合い、落ち着いたのはしばらくたってからだった。
「そういえば、よく俺の居場所が分かったな。ここはゼニスなのか?気づいたらどこだかわからない所で、逃げようにも道が分からなくて困ってたんだ」
「オラたち頑張っただよ。ザラさたちが協力してくれる人を見つけて来てくれて、そのおかげでここまで来ることができただ。そだ、グレイさを見つけたらやることがあっただ。ちょっと待っててけろ」
ミミルは胸の谷間から、テニスボールのようなものを取り出した。それをいじくると二つに割れて、中から風が吹き出した。
風はドアをガタガタ揺らして、数秒で収まる。ミミルの手の中に残ったのは、割れたボールだけだった。
「今のはなんだ?」
「ザラさが風の精霊を集めて作ったもんだ。ここの場所を外に知らせてくれるらしいだよ。さっき言った協力してくれる人といっしょに、ここに助けに来てくれるだ」
「協力してくれる人か。それはありがたいな。パドマもザラも頼りになるが、二人だけだと心配だからな。その協力してくれる人とやらはどんなヤツなんだ?」
「えーと」
ミミルは少し考えている。そんな言いにくいヤツなんだろうか。
「ヒュマの人たちだけんど、いい人だっただよ。なんでも勇者の子孫らしいべ。オラ勇者ってのよく知らねえけど、困ってる人を助けてくれるんだよな?」
「そうだけど、ヒュマの、勇者?もうちょっと詳しく聞かせてくれ」
「もちろんいいだども、誰かがこっそり聞いてたりしねかね?」
「大丈夫だ。あいつらは人手不足らしいから、仕事の時以外は監視してる余裕はない。今は近くには誰もいないさ」
スキルレベルの上がった
「まずは、グレイさが帰ってこなかった次の日のことなんだけんど……」
そうして、ミミルがここに来るまでの経緯を聞いた。
「なるほどね。でも、その娼婦からの情報だけで、よく俺が捕まってる場所からの依頼だって分かったな」
「オラは勘だったども、ザラさはなんか分かっとったみたいだべ。念のために違った場合に逃げるための道具ももらっだども、必要なさそうでよかったべさ」
そうだ、逃げる方法だ。せっかくミミルとも会えたのに、このままだったら二人で囚われ続けることになってしまう。
「んだ。ザラさたちはもうちっとしてから突入してくることになってるだ。なんでも、オラが連れてこられたとこ以外にも道があるらしいだが、さっきの精霊さたちがそこも見つけてくれるとか言っとったべ」
「別な道……ここからたどれるのか?だとしたらそれ、ちょっとマズいかもな」
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