第35話 冒険者のお仕事

 エルフのザラ。彼女が使う精霊魔法はとても強力だ。精霊魔法とは自然界に存在する精霊に協力してもらって、人では難しい大きな現象を引き起こす魔法だそうだ。

 俺が聞いたところによれば、別にエルフだけにしか使えない魔法ではないらしい。精霊と契約できるなら、ヒュマでも亜人デミでもモンスターでも使えるそうだ。ただ単に、自然に近い所で自然とともに暮らしているエルフが一番精霊のことを理解しやすいということだろう。


 森のダンジョンエリアから帰還して数日後、丘の上でひとり歌うザラを見つけた。風に吹かれながら歌う彼女は、彼女自身が精霊なのではと思えるほど儚く、そして綺麗だった。

 その光景に見惚みとれていると、不意に彼女がこちらを向いて、歌うのをやめた。


「のぞき見なんていい趣味してるわね。そんなにヒマなら真面目に仕事をしたらどうなの?」

「相変わらずきっつい物言いだな。お前がまるで精霊みたいにキレイだなって思って見てただけだよ」

「ふん、本物の精霊も見たことないくせに、テキトーなこと言わないでよ」


 ザラはいつもの不機嫌そうな顔に戻り、村の方へ歩き出した。俺も同じ方向に用があったので、それに並んだ。


「ギルドに報告にいくんだろ。俺もだから一緒にいこう」

「勝手にすれば」


「そういや、今日は早く終わったんだな。いつもは俺らの中で一番最後だったのに」

「パドマとミミルのおかげよ。2人に相談して……」

「……相談して?」

「別になんでもないわ」


 途中まで言いかけてやめられると、その先が気になる。だからその先を聞き出そうとしたけれど、かたくなに話そうとはしなかった。

 仕方がないので、別な話を振ることにする。


「帰ってくる前にいつもああして歌っているのか?」

「今日はたまたま気が向いただけよ。あんたが通るって知ってたら、絶対に歌ってなんかなかったわ」

「そうか、とてもいい歌だったぞ。なんて歌なんだ?」

「歌は歌よ。名前なんてあるわけないわ」

「名前がないのか。じゃあ、誰に習ったんだ?」

「歌は自分の心を外に出して、自分で確かめるためのものだ。それを聞いた別の誰かが、たまたま共感するかもしれない。でも、歌はあくまで自分のためのものだ。そう教えられたわ。だから名前なんていらないんだって」


 そう、昔を懐かしむような、すこし哀しそうな目をして言った。ザラは故郷をヒュマに滅ぼされている。なんとかしてやりたいと思うが、俺にはどうすることもできなかった。


 途切れ途切れに話をしていたら、すぐに冒険者ギルドに着いてしまった。

 2人して受付に並び、それぞれ依頼を終えたことを報告する。最近は資金稼ぎと冒険者ランクを上げるために依頼をこなしていた。

 俺たちのほとんどは冒険者初心者だったが、パドマだけは以前も冒険者として活動していた。その経験を活かしたほうが資金も評価も稼げるので、パドマは別行動することになった。でも、パドマだけのけ者にするのは悪いので、全員が別々にそれぞれ得意な仕事を請け負っている。

 俺はアイテムボックス3つ分の利点を活かした物資運搬を、ザラは森での活動が得意なので調査や採取を、そしてミミルは家事手伝いが得意なので村の雑用仕事を受けていた。パドマは戦闘が得意なので、今日は討伐依頼を受けている。

 以前の俺はたいして社交的ではなかったはずだが、この村に来てからはたくさんの人と話すようになっていた。この村出身であるミミルがいるからだろうが、いろんな所で声をかけられるようになった。それと特に女性によく話しかけられるようになったのは、先日手にれたスキルの効果なんだろうか。女殺しという一見とても使えそうなスキルだが、ザラたちから向けられる視線が気になって有効活用・・・・はしていない。それに女性ならば下は幼女から上は大婆様まで効果があるようで、失礼にならないように対応するのに苦労していた。


 冒険者は男の仕事だと思っていたが、女もそれなりにいた。理由としてはちょっとした違いはあるものの、要約すれば生きるためにお金が必要だから、ということになる。

 この世界では人類の生存圏は壁に囲まれた範囲の中だけ。外で野宿なんかしたら高確率でモンスターや野盗に襲われてしまうらしい。野盗たちは廃棄された砦や天然の洞窟を利用しているのだとか。

 そのため酪農を含めた農業をするスペースが限られていて、それだけだと共同体のすべてに食料が行き届かない。だからモンスターを狩ってそのドロップした食料をギルドが買い上げ、市場へ送っている。

 また、ドロップアイテムは食料以外にもあらゆる分野で使われているので、需要は常にあるようだ。だから冒険者は、街中での仕事よりもかなり割のいい報酬がもらえる。もちろん危険な仕事ではあるが、それでも冒険者になろうとする人はとても多いようだ。


 というようなことを、ここ数日のうちに知った。

 俺が運搬系の仕事を引き受けるととても効率がいいので、いつも予定より早く終わることになる。他の3人を待つ間ギルドに隣接している酒場で待っていると、たいてい他の冒険者から声をかけてくるのだ。

 今日もまた、見慣れたフェルパーの冒険者が酒瓶片手に寄ってきた。


「よう色男。今日もまた別の女を引っかけにきたのかい?」

「人聞きの悪いことを言うな。今日はちゃんと連れがいるんだから」

「おおう、本当だ。たしかザラちゃんだったよね。こんにちは~」

「こんにちは」


 酔っ払いの挨拶に、ザラは笑顔で応えた。顔を近づけながらなにかと話しかけてくる酔っ払いに、ザラは当たり障りのない対応をしている。

 あまりにもしつこいので間に入ろうかとおもったが、ザラは必要ないと目配せしてきた。


「オジサマ、悪いのですけど、アタシこの人とちょっと大切な話があるの。だから」

「おおっと、それって何かい?イチャイチャしちゃうのかい?やっちゃうのかい?」

「このく……じゃなくて。……本当に大切なお話しなの。オジサマとは、また今度お話ししましょうね」

「そっかー、それじゃあしたかたないなー。ザラちゃんまたねー」


 酔っ払いは上機嫌で去っていった。


「大丈夫だったのか?お前、ああいうの苦手だったろ」

「いつまでも苦手なままじゃダメでしょ。アタシだって努力してるのよ」

「そうか。ザラは偉いな」

「そんなことはないわよ。今まで甘えていただけ。最近になってようやくわかったわ」


 ザラはコップに注がれた果実酒を少しだけ飲んだ。

 後に続く言葉を待ったが、これ以上話すつもりはないのか黙ったままだ。

 話を変えるための話題に悩んでいると、大皿に盛られた料理が運ばれてきた。


「お待たせしただよ。大きな森の肉盛りプレート、味わって食べるだよ」

「すごい量だな!って、ミミルじゃないか。お前、今日は農場の手伝いに行ってなかったっけ?」

「それがすごく早く終わっちまったもんで、オマケの仕事を探してたらここの手伝いを頼まれただよ。みんなよく食べるで、作り甲斐があるだよ」

「そうか。終わるのはいつになる?」

「グレイさたちが来たら上がってもいいことになってるだ。パドマさも今戻って来てただよ。呼んでくるから、ちょっとだけ待っててけろ」


 その言葉通り、いくらも経たないうちにパドマとミミルが同じテーブルについた。

 それぞれの今日の成果を話し終わったあと、雑談として先ほどザラが酔っ払いをうまくあしらったことを話した。


「それはすごいですね。上手くいってよかったです」

「うんうん。これでザラさはめでたく合格だべな」

「合格?なんか試験とかやってたのか?」

「別にアンタには関係ないことよ」

「そうだべ。なんの問題もないだ」

「はい。ザラが頑張ったというだけです」


 3人だけで笑いあっている。なんか俺だけのけ者にされてる感じだ。その後も俺が口を挟む間もなく、3人だけで話がどんどん進んでいく。

 俺はヒマになってしまったので、ひとりで料理をつまみながらあの日のことを思い出していた。





 あの日森のダンジョエリアから戻った俺たちは、そこで起こったことを報告した。ただし、野盗と兵士たちについては、俺たちが着いた時にはもう終わっていたことにした。

 兵士は捕まえていた野盗の逆襲に遭い、大半が殺されて残りは野盗に連れて行かれた。

 ギルドが数日かけて調査をしたが、野盗たちはこの辺りから撤退したのか、影も形も見つからなかった。現場には野盗の死体も複数あったが、全滅していることはまずないとのことだ。なんといっても、あの傭兵バルトロが見つかっていない。あいつは名のある傭兵らしく、戦力として雇う国はいくつもあるらしい。

 兵士を率いていた末端貴族よりも人気があるかもしれない。


 俺があいつに約束させたことは、この地域から出て行くことと、亜人を商売のタネにしないこと。あいつの実力なら、冒険者としても十分にやっていけるだろう。


 これで良かったとは思えないが、この地域から誘拐事件を無くすにはこれしか思いつかなかった。あの下級貴族はバルトロを殺したら、次は別の悪人を手下にして誘拐を続けるだろう。

 その下級貴族を殺した犯人であるバルトロが別の場所に行けば、辺境伯とやらの目はそっちへ向くことになるはずだ。


 それを証明するかのように、女神からのクエストが達成したというインフォメーションがつい昨日届いた。

 クエスト報酬として【女神の許し】というものがスキル欄に加わったが、それが何の役に立つのかさっぱり分からない。半分ただ働きみたいなものだったが、この地域が平和になったのなら、それでよかったんだろう。

 なんて納得していたら、ザラから肘で突かれた。


「ちょっと、話をちゃんと聞きなさいよ」

「え、何かあったか?」

「アンタって本当にダメよね。パドマもミミルも考え直した方がいいんじゃない?」

「でも、そこがグレイ殿らしいところですし」

「んだな。カンペキじゃないところが、支えがいがあっていいだ」

「それフォローになってないから。というか本当に何の話をしてたんだよ」


 女の話は聞いてる自分と無関係なら微笑ましいが、いじられると回りくどくてちょっと嫌だ。

 これ以上からかわれたくないので続きを催促すると、パドマが話し出した。


「今日の依頼で知り合った冒険者のパーティーがいるのですが、気が合ったので我々と話がしてみたいと言われたのです。もうすぐ来ると思うのですが、同席してもよろしいでしょうか?」

「パドマがそう言うなら、悪いヤツらじゃないんだろ。別にかまわないぞ」


 ザラもミミルも別に気にしてないようなので、俺もうなずく。今は色々な話を聞きたい。この世界について、俺はまだまだ知らないことがたくさんある。彼女たちと生きるためにも、情報は積極的に集めていくべきだろう。

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