第20話 砦前の攻防

 ミミルの姿が見えなくなってやっと我に返った俺は、慌ててミルドを見る。頑固なドワフのオッサンは、ただ腕組みをしてミミルの去っていった方向を見ているだけだった。


「なあ、1人で大丈夫なのか?追った方がいいんじゃないか?」

「そんな時間ないわい。それにあの鎧があれば心配ない。あれはワシのオヤジが孫バカこじらせて作り上げた名品だ。そんじょそこらのモンスターが相手なら傷一つつけられんわい。おかげでアイツはキレイな体のまんま、行き遅れの出来上がりだ。まったくオヤジも罪なことするわい。ガハハハハ」


 面白いことを言ったとでも言うようにミルドは笑うが、俺にはどこに笑いどころがあったのか分からなかった。


「ガハハ、あー、オホン。ワシらの村はドワフ族がおおくての、昔からの風習も受け継がれとるのだ」

「昔からの風習」

「んだ。その中のひとつに、嫁取りの時は男が女を1人で担いで自分家まで運ぶっちゅうのがあってな、あの鎧を着たミミルを持ち上げられる男は1人もおらんかった」


 ミルドは今までのことを思い出したのか、しみじみと語っている。

 見た目はまた少女のように見えるが、ミミルはもう大人なのだろう。ファンタジー世界に年齢と見た目の釣り合いを求めても無駄だ。ザラだって20くらいにしか見えないのに、100年前の戦争のことを見てきたかのように言っているのだから。


「ま、んなことは今はいいべ。改めて作戦の相談をすんぞ。みな集まってけろ」


 ミルドが手を叩いて場を切り替える。

 ミミルのために、少しでも早く彼女の両親を助けよう。


◇◇


 俺たちは作戦が決まった後、砦がギリギリ見える場所に陣取った。ミルドたちはすでに森の中を砦に向けて出発している。


 俺はパドマと並んで道を塞ぎ、その後ろではザラが目を閉じて精神を集中させていた。

 ザラから漏れ出す見えない力はごくわずかだが、それ以上のものが彼女の中で高まっているのを感じる。時間が経つにつれてそれは大きさを増し、そして呪文が紡がれた。


召喚ヴォーカス


 力はふわりと周囲の森へと溶け込んでいく。何が起こったのか見回していると、森の奥からザラによく似た風貌の女性が現れた。

 その体は木の皮の服をまとい、その髪は木の枝を束ねたようにしなっている。そんな美しい見た目の妖しく微笑む女性が何人も、木々の奥から顔をのぞかせていた。


「この子たちは樹精、つまり木の精霊よ。集中できたから、かなり楽に呼べたわ」


 気だるそうにしているが、表情はとても自慢げだ。


「すごいな。かなり数がいるみたいだし、さすがはザラだな」

「まあね。アタシにかかれば、このくらい楽勝よ。さあみんな、頼んだわよ!」


 ザラが杖を振ると、樹精たちは音もなく森へと消えて行った。

 何が起こるのか見ていると、砦の周りの木々がざわめいたかと思うと、そこから砦へ向かって何本もの枝が次々と伸びて行った。

 枝は窓や隙間から砦に入り込み、あるいは砦に巻きついて締め上げ始める。その攻撃によって砦が壊れはじめた。

 見張りは何が起こったのか分からずにそれを呆然と眺めているだけだ。


「おいおい、中には捕まってる人がいるんだぞ、やりすぎじゃないのか?」

「大丈夫よ、ちゃんと手加減させてるわ。そんなことよりほら、ゴブリンどもが出てきたわよ」


 ザラの言った通り砦の中から罵声がして、見張りの男たちと似たような格好をした野盗が数人飛び出してきた。見張りに何か怒鳴りながら周囲を見回して、こちらに気がつくと全員が怒りの声をあげながら向かってきた。


「パドマ!」

「任せてください!」


 声をかけるとすぐにパドマが走り出し、野盗の集団に突撃する。そして槍の一振りによって1人ずつ倒していった。

 パドマが戦っている間にも、砦から野盗が次々と出てくる。しかしパドマの強さを見ると、逃げるためかそれとも回りこむためか、森へと入っていく者がいた。

 それを見て、ザラが薄く笑った。

 数秒後、助けを求める野盗の悲鳴が響いてきた。


「森にはアタシのお友達がいるのよ。たっぷりと楽しませてもらいなさい」


 樹精になにをされているのか分からないが、野盗の声はとても哀れなものだった。


 パドマが野盗の一陣を倒し終わったタイミングで追加の野盗とともに、比較的まともな服装の男が姿を現した。

 裾の長いローブを着て杖を持っているところから、魔法使いのように見える。そいつが杖を掲げると、火の玉が浮かび上がった。


 魔法使いが杖を振り下ろすと、ものすごい速さで火の玉が飛んできた。

 俺は焦らずに盾を構えてザラをかばい、火の玉を正面から受け止める。熱い、でも我慢できないほどじゃない。

 魔法使いは次々と火の玉を飛ばしてくるが、俺はその全てを盾でしっかり受け止めきった。

 盾が熱されて腕が少し火傷しているが、この程度なら後で回復薬を飲めば大丈夫だ。魔法使いは全て防がれるとは思ってなかったのか、肩で息をしながらこちらを睨んでいた。

 そうしてる間にパドマが雑魚の野盗を倒し終わり、そのまま魔法使いに接近して槍を振り上げる。

 遅れて気がついた魔法使いが魔法を唱えようとするが、抵抗する間もなく、あっさりと突き倒された。


「これで野盗は全員倒したか?」

「いいえ、まだいるみたいよ」


 ザラの答えが来る前に、パドマが今までいた場所を飛び退く。するとそこに、大剣が音を立てて突き刺さった。それに続いて、全身鎧が飛び降りてきた。


◆◆


「よくぞ避けた、亜人の戦士よ。なかなかの使い手のようで安心したぞ。オレは用心棒のバルトロ。仕事とはいえ碌な相手がいなくて退屈していたところだ。オレと遊んでもらうぞ」


 全身鎧の中から、男の低い声が響いた。


「ワタシには遊んでいる暇などありません。すぐに終わらせていただきます」


 パドマは低く構えると、放たれた矢のように飛び出した。





 パドマとバルトロの戦闘は、パドマ優勢で進んでいた。バルトロは見た目通り鈍重で、パドマの動きについて行けてない。

 豪快に大剣を振り回すも、それがパドマにかすることさえなかった。

 しかし鎧は頑丈でパドマの槍の刃は通らなかった。

 斬撃が効かないと悟ってすぐに槍の石づき部分での打撃に切り替えたが、バルトロはいくら打たれても平然と大剣を振り回している。


「フハハハハ、効かんな。ドラゴニュートとはいえ所詮は女。その程度の攻撃では、オレの鎧には通じんぞ」


 バルトロの言葉に、パドマがチラリと背後を見る。そこには魔法で樹精を操るザラと、それを守るように立つグレイの姿があった。


「ワタシには、キサマのことなど関係者ない。ただあの人のために、戦うだけだ」


 パドマは更に速度を上げ、四方八方から鎧を殴り続ける。振り回される大剣を引きつけてから躱し、より数多くの打撃を加えていった。


「だから、オレにはそんな攻撃、効かないと言っているだろ。どうだ、今あきらめて謝るならば、オマエは特別にオレの女にしてやってもいいんだぞ」

「ワタシには!関係ないと!言っている!」


 力強く踏み込んだ一撃が、三連続で鎧の胸部に打ち付けられる。その衝撃に全身鎧は呻いて一歩下がった。

 バルトロが違和感を感じて鎧に手を当てると、強力な打撃を打ち込まれた部分が大きくへこんでいた。


「お、おのれ。女だと思って手加減してれば調子に乗りやがって。ブッコロしてやるからそこを動くな!」


 怒号とともに今までと段違いに速い剣戟が振るわれる。

 パドマがそれを槍の柄で受けると、衝撃で後ろに吹っ飛ばされた。


「ぐっ、まだまだ、この程度の痛み、問題ありません」

「しぶとい女め。だがオレの鎧をへこませたのだ。楽に死ねるとは思うなよ」


 身を起こして構えるパドマとバルトロが向かい合う。

 不意に、バルトロが何かに気がついてようにパドマの後ろを見た。


「お、あれはもしや……ははっ。おい女、後ろを見てみろよ。外に出ていた野盗どもが戻ってきたようだぞ。あいつらを助けに行かなくていいのか?まあ行かせはしないがな」

「なんだと!?」


 パドマが振り返ると、グレイたちの後ろから数人の野盗が出てくるのが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る