Succession of Witch
初めて置き去りにされた森は、色あせた灰色と身を切るような北風がひどくこたえた印象しか残っていない。あの時は確か、血の繋がっていない妹に助けられたのだった。特に抵抗することもなく、ただ先に待っているであろう死を純粋に受け入れようと座り込んでいたら、なんのことはない、灰色の景色にほんの少し赤が滲んで、妹が走ってきたのだった。真っ赤な頭巾を目深にかぶって、寒さに耐えながら、彼女は落としてきた小枝を頼りに僕を家まで迎えてくれた。両親の本当の娘だったこともあって、彼女の行動を阻害できなかったのだろう、その夜に僕は赦された。
またしばらくして再び、森の別の場所で置き去りにされた。月が明るい夜のことだ。今度は容易に逃げ帰ることが出来ないよう、僕は鎖と楔によって大木にくくりつけられた。血が繋がっていないから、疎まれているのだ。どうせ帰ったところでまたこのように追い出されるし、そのたびに待遇はひどくなっていくことを察知していたので、逃げるということもなく抵抗しないまま、狼の糧になることを選んだ。その時も、妹はどこからともなくやってきて、鎖を外して助けてくれた。今度は月明かりに照らされて輝いている白い石を目印に、家を目指した。
血の繋がっていない両親はまたもや微妙な表情で、血の繋がっていない兄妹を迎えた。次はどのように捨てられるのだろうか。僕は複雑な表情を見ながらそんなことを考えた。結局その日も赦された。
そうして今日、僕は妹とともに凍りついた雪の上に置き去りにされた。街からもかなり離れた場所だ。月明かりはなく、星々のかすかな光が僕や妹を闇から浮かび上がらせていた。妹を悲しげな表情で一瞥して去った父親の顔を、僕はおそらくすぐに忘れてしまうだろう。
しかし、盲点だった。確かに、どれだけ僕が捨てられたとして、妹が助けるだろうという想像は、あの里親たちだってするはずだ。けれども、だからといって自分の娘まで、捨て置くことはないだろう。僕を確実に捨てるために置かれた妹。それは、不憫以外の何物でもなかったが、しかし妹から見れば、余計なことをしなければこうはならなかったのだから、自業自得ということなのだろう。
「これで、にいさまと一緒ね」
妹は僕の腕を掴んでそう言った。心なしかその腕は少し暖かいように思えた。
「いつものように、帰ることのできる手段は何かないのか?」
彼女だけでも家に帰してやりたい。そういう気持ちが僕の中にあった。
「ごめんなさい、こんどはもう、無理です。家にあるのがパン屑しかなかったから」
「そうか、パン屑では獣に食われてしまうなあ」
「ええ」
万事休す。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
僕だけなら、ここでいくらのたれ死のうが構わない。けれども、妹を道連れにするのは忍びなかった。
「歩こう」
そう呟いて、妹の手をとった。
彼女は不思議そうな面もちで僕を見上げたが、構わず手を引いて、宛もなく歩き回る。
「この方が、暖かいだろう」
「そうですね」
歩き回ったところで徒労になるのはわかっている。しかし、あの場所で凍えて死ぬよりは、歩き回って暖かさを得ながら、少しでも生きながらえる道を考える方がいいだろう。
ふと妹を見ると、これから生きる宛もないのに、どこか嬉しそうな顔をしている。親よりも僕の方が好きなのかもしれない。
「本当に、何もないですね」
妹は僕の手を堅く握りしめながら、上目遣いでそう言った。そういえば、彼女も年頃の乙女であった。肌は透明度を増してきており、やわらかな髪と頬が、冷たい空気に映える。
彼女だけは生きて森から帰さねば。
なんとなく、その気持ちが強くなった。
しばらく歩いて、硬い雪道を見つけた。
「道になっていますね」
妹が嬉しそうに言った。
「でも、全く見覚えがないな」
「この先にいけば、森は出られると思います」
「家に帰れるかどうか……」
「にいさま、別に無理に帰る必要はないのよ」
「いや、お前は帰らなくては駄目だ」
「あんな家、帰りたくない」
弱った。彼女は家に帰りたいわけではなかったようだ。しかし、それではどうしようもない。僕は彼女を家に送り届けないといけない。
どちらにせよ、この雪道を進む以外に方策がないのであるが。分かれ道などはなく、とにかく前に進むのみ。そんな単純な雪道でも、僕は踏み出すのに少し躊躇っていて、しびれを切らした妹が僕の手を引いた。
じゃり、じゃり。
堅い音が森じゅうに響く。
「なんだか、楽しいですね」
妹がにこにこと笑いながらそう言った。僕は何も言葉を返すことができない。硬く凍りついた雪道を踏みしめながら、道の先を思った。路面こそ星明かりをぼんやりと反射して、わずかに先が見えるけれど、それ以外はほとんど真っ暗闇だ。木々の間からは、何も見えない。この先にあるのが僕らの村なのか、はたまた別の場所なのかは全くわからない。
歩いていくにつれて、空気が張りつめていく。夜が更けて、空気がさらに冷たくなったのだろうか。繋いだ先の指が悴んでいくのがわかった。
「あ、灯りが見えます」
妹が前方を指さして言った。僕には何も見えない。
「灯りってことは、山小屋か?」
「多分、そうだと思います。村じゃない……かな」
彼女は明るい声でそう言った。けれど、手指は井戸の水よりも冷たい。早く暖まりたいのだろう。山小屋だったとしても、助けを求めることは出来るだろう。
「とにかく、助けてもらえるかもしれない、行こう」
僕らは歩調を早めた。雪道を踏む音が次第にせわしなくなる。本当は、誰も命を粗末になんてしたくないのだ。ただ、巡り合わせの問題なのである。
はたして、雪道の先に小さな灯りが見え、それは次第に大きくなってきた。はじめは小さな点だったものがだんだんと形がわかるようになり、それが小屋の窓から漏れる光だとわかった頃には小屋の形状も明らかになっていた。しかし、夜も更けてきたせいなのか、小屋の中に人影まで見て取ることは出来なかった。
「なあ、あの家、なんか変じゃないか?」
「でも、灯りがついているということは、人がいるということでしょう? 食べ物と宿を恵んでくれる心優しい人だといいけれど」
既に駆け足となっている妹は、しきりに僕を引っ張ろうとして足下を崩しかける。僕は人一倍足下に気を配りながら、こけつまろびつしている妹を支える。
そうして進みながら、なんとか小屋のすぐ近くまでたどり着いた。
「にいさま、なんだか甘い匂いがするわ」
小屋が目前に迫った時、妹はそう言いながらくんくんと匂いを嗅いだ。そう言われてみれば、どことなく菓子のような甘い匂いがする。
とにかく、扉を叩いて中の人に会わなければ。そう思って何度か叩いてみたが、いっこうに人の気配がない。
「どこかに出かけているのかしら?」
「灯りがついたままなのだから、それほど遠くには行っていないだろう」
と、ここで待つように言おうとしたら、
「あれ、中に入れますよ」
と、彼女は扉をあけて小屋の中に入った。
「こら、やめなさい」
「でも、私たちは緊急事態ですから」
「盗人として殺されても文句は言えないぞ」
「にいさまと一緒なら、別にそれでもいいわ」
「良くないだろ」
などと、中を見渡すと、甘い匂いの正体が判明した。
煙突へと続いている大きな暖炉の前に、粗末なテーブルがあり、綺麗な白い皿の上に、それはあった。
「おい、お前が嗅いだのはこれじゃないのか?」
小さなクッキーが、幾つも並んでいた。
妹は近づいて、くんくんと匂いを嗅ぐと、ひとつを摘んで食った。
「おい」
「にいさまが食べてもいいか毒味をしなくては」
「どうするんだ。戻せないだろ」
「家の主がいないせいです」
このままだと妹はどんどんふてぶてしくなっていく。しかし、僕も腹が減った。
するとその時、まるで見計らったかのように、ばたんと扉が閉まった。そして、暖炉からもくもくと白い煙がたちのぼった。
「これは一体……」
妹は言葉を言い終わらないうちに気を失って倒れた。このクッキーのせいだろうか。倒れ込む前に僕は彼女を支えたけれど、僕もなんだか目眩がしてきて、意識が遠のき始めた。
やはり妹を妙なことに巻き込んでしまった。
そんなことを思いながら、周りの景色がだんだんとぼやけていった。
ふと目を覚ますと、僕はベッドに寝かされていた。
どうやら先ほどの小屋の中ではないらしい。
「気がつきましたか」
遠くで、声がした。見ると、黒い衣を纏った女性が、こちらを見ていた。
一瞬、息が止まりかけた。遙か昔に一度だけ見たことのある、遠方から来たとされる陶磁器のように滑らかで透き通るような肌、艶やかに、しかし控えめに、森の間を縫って流れる小川のように涼やかに伸びた黒髪、少女のようなあどけない清楚な貌、それらによって僕の精神は一瞬で覚醒することを強いられた。
未だかつて、彼女のような美少女を見たことがあるだろうか。恐らく夢に描くことすら難しいだろう。
「大丈夫ですか」
甘い声がして、我に返った。気がつくと、彼女はすぐ傍まで来ていて、僕を見下ろしていた。一重まぶたと長い睫が、慈愛に満ちあふれた視線を作り出す。
「ここは、一体?」
「私の家です」
僕の問いに、彼女は至極当然に返した。
「妹は……」
と、僕が問うと、彼女は後ろめたそうに視線を逸らした。
「まさか……」
僕は最悪の事態を想像した。
「妹さんは生きています」
が、彼女はその想像をすぐさま否定した。
「よかった……」
「ごめんなさい」
しかし、彼女は僕に頭を下げた。一体どういうことなのだろうか。
「私は、魔女です」
そう言った彼女の目は、ほんの少し潤んでいた。
魔女。
様々な魔法を扱うことが出来る、不思議な存在。
だが、彼女らには大きな制約がある。
人間の肉を食わなければ、自らの身体と魔力を維持することが出来ないのだという。昔読んだ書物に、そのような内容が書いてあって、当時ほんの小さな子供だった僕は大層怯えた記憶がある。
しかし、書物に描かれていた魔女の絵は、醜い老女の姿だった。目の前の美少女は自分のことをその魔女だという。僕はその事実を信じることが出来なかった。
「酷いこととはわかっているの……けれど、生きていくためには、妹さんを……」
「やめてください!」
「そうよね、あなたはそう言うでしょう。私だって本当は食べたくない。なぜ私がこんなことをしなくてはならないのか、自分でもわかりません。けれど、必要なのです」
魔女はそう言って悲しげに微笑んだ。
「一月に一人……私たち魔女は、人を食らわなければなりません。そうしなければ、自分の身を滅ぼしてしまうのです。あなたにはいくら恨まれてもかまいません。来月は、ちゃんと自分でほかの人を探します。あなたは自由の身です。だから、妹さんを私に下さい」
「そんな勝手なことが許される訳ないでしょう」
「許してもらおうとは最初から思っていません!」
彼女の凛とした声が、部屋に響いた。
「これは、魔女としての性、なのです」
それは、こちらのどんな言葉も受け付けない、という厳しさを持っていた。その潔さから益々、彼女を美しいと思った。
そして、僕は一つの決心をした。
「わかりました。でも妹は差し上げられません」
「……どういうことですか?」
彼女は首を傾げた。思った以上にあどけなさが残る仕草で、少し面食らってしまった。
「妹は、家に帰してやってください。その代わり、僕を食べてください」
そう言った瞬間、魔女は目を丸くして一瞬固まった後、信じられないものを見るような目で僕を見つめた。
「妹さんを、そんなにも……」
「そういう訳ではありませんが、彼女には帰るところがあります。僕にはありません。お互い、その方が幸福だと、思っただけです」
僕は思うところを口にした。魔女の顔が、どこか憂いを秘めた表情に変わった。腫れぼったい一重まぶたのせいか、それはどこか艶めかしくて、僕は思わず視線を逸らした。
「わかりました。では、妹さんのところまでご案内します」
魔女はそう言って、僕を部屋の外へ連れ出した。思ったより僕の身体は健全だった。もしかすると、このまま妹を連れて逃げられるかもしれないと思ったが、そのせいで魔女が死んでしまうのも、どこか嫌だった。
どうやら僕らが居る魔女の家は、地下にあるようだった。寝かされていた部屋も、廊下も小さな灯り以外にはなにもなく、ただ殺風景で冷たい煉瓦が並んでいるだけだったからだ。時折天井に穴があいていて、ひゅうひゅうと音がしているのも、地下にあって空気を入れ換える必要があるからなのだろう。
はたして妹は、その中でもひときわ大きな、鉄格子のはまっている荒涼とした牢屋の中にひっそりと座り込んでいた。
魔女は、黒衣から鍵を取り出すと、鉄格子の扉を開けた。
「すみませんが、あなたから事情を話して貰えますか? 私がお二人から目を離すわけにはいかないので」
魔女はそう言って僕に牢屋に入るよう促す。流石に、そういうところは抜け目がなかった。
「無事だったのですね」
「ああ、お前もな」
「てっきり食べられてしまったのかと」
妹はどこか元気がなかった。視線も虚空に定まっていて、どこか魂の抜けたような顔をしている。
「大丈夫か?」
「はい。後少しの命ですから」
どうも会話が噛み合わない。
「それなんだが、魔女と取引をして、お前を自由の身にしてもらえることになった」
「ふうん、そうですか」
その時、妹は初めて僕を見つめた。どこか濁ったような、淀んだような、不健全な瞳だった。
「それでにいさまは、あの女に食べられると」
「……まあ、そうだ」
「一目惚れですか」
不意を突かれた。声が出ない。
妹はその様子を見ただけで全て察したらしく、
「なるほど、仕方がありませんね」
と、納得した。
「僕は家に帰らない。お前は家に帰れる。そして、僕は一生あの家に戻ることがない。みんな幸福だ」
「いえ、そうではありません」
妹はぴしゃりと言った。さっきから視線を僕から逸らさない。
僕は、これで幸福なのだよ、と言おうとして、けれど理解されないだろうから、やめた。
「もういいです。よくわかりましたから。私は私の道を生きます」
「ありがとう」
「感謝されることはありません」
妹はどこかむくれたような、意を決したような、そんな微妙な表情をした。おそらく少女にしか出来ない表情だろう。僕はこれ以外にこのような顔を見たことがない。
そうして、妹は僕より先に牢獄を出た。
僕と妹と魔女は、ひたすら螺旋階段を登っていく。この家は、相当地下にあるのだろうなと思い始めたころ、不意に螺旋階段が終わって、小さな扉が現れた。それは人間一人が屈んでようやく通れるくらいの大きさだった。
「ここが、外界への出口です」
魔女に促されるままに、妹は屈みこんで扉を開けた。
明るい日の光が差し込んだ。
「こういう仕組みだったのですね」
そこは、僕らが入った小屋の暖炉だった。
暖炉の奥が、魔女の家につながっていたのだ。
魔女は何も言わず、小屋の扉を開け、目の前に広がる道を示した。それは、日の光に照らされて、きらきらと輝いている雪道だった。容赦のない冷気が、肌の至る所を突き刺す。
「道なりに進めば、少し大きな町に出ます。今から出れば、昼過ぎには着くでしょう。そこであなたの村に向かう道を探してください。私にできることはここまでです。さようなら」
魔女はそう言って妹を送り出した。
「気をつけて帰れ」
僕は彼女の背中にそう声をかけた。
「さようなら」
妹は、素っ気なくそう返した。
魔女は早速僕をつかんで小屋の中に引き込んだ。
丁度、抱きとめられる形だ。
「ごめんなさいね、今すぐ、あなたを食べないといけないから」
僕は魔女の身体が見た目よりも遙かに痩せていることに気がついた。
「あの子は少し危なかったから、あんまり逃がしたくなかったのだけれど、あなたの意志に負けてしまったわ」
彼女は僕を離すと、早口で小屋じゅうを動き回りながらそう言った。
魔女の身体を食べることによって、食べた者は食べられた魔女の力を継承する。魔女について書かれた書物には、確かそんなことも書かれていたなと、僕は無駄なことを思い出した。
この哀しみをおびた、悩ましげな魔女の身体に、僕の肉が取り込まれる。何故か、ほんの少しだけ興奮した。
「一番苦しまないで肉にするには、喉元をナイフで切るのがいいの」
と、彼女は少し焦った様子で、小屋を駆け回った。
「あれ、ナイフはどこかしら?」
どうやら、ナイフをなくしたようだ。
「ここですよ」
「あら、ありが……」
目の前を紅い線が横切った。
次の瞬間、美しい黒衣の魔女は紅いものに引き倒され、叫び声をあげる間もなく喉を引き裂かれた。ひゅうひゅうという、喉から空気が漏れる音が聞こえる。
僕は何が起きたのかわからなかった。
「にいさまは私のものです。これまでも、これからも」
紅く汚れた頭巾をかぶった妹は、濁った瞳で僕を見ると、力無く笑った。
「私は決めました。魔女として生きると」
妹は僕を見つめて恍惚の笑みを浮かべたが、しかし瞳は依然として濁ったままだ。
僕は目の前の状況が理解できなかった。
「私の望みは、にいさまと、永久に、共に生きることです」
「それは一体どういうことだ」
「大丈夫、すぐにわかりますから」
妹がそう言った次の瞬間、首筋を何かが通り過ぎたような気がした。
足から力が抜け、倒れ込む。手にも力が入らない。
血溜まりがどんどんと大きくなっていった。その血が、僕の喉から出ていると気がついた時、妹は僕の身体を転がし、僕に口づけをした。
「さようなら、にいさま。そして、こんにちは」
血塗れのナイフが朝日に照らされて光る。
どうして、お前は僕をここまで無視するのか。
そんな問いを投げかける前に、視界がどんどんと暗くなって、やがて消えていった。
最期に見た妹の顔は、酷く悲しそうに見えた。
魔女の肉は、予想通り不味かった。うまく形容できないが、まるで地獄の土を食べているかのような、そんな味だった。当たり前だ。思わせぶりな視線で兄を誑かすような化け物など、いい肉である訳がない。けれど、食べなければ、私は生きられない。
兄とひとつになることが出来ないのだ。
兄は、私の誇りであり、憧れであった。
兄の為なら、どんなことでも耐えられた。親に捨てられても、私は死ぬ思いで兄を探しだし、家に連れて帰った。
私が命を削るほどの努力をして兄の愛を受けようとしていたのに、それを、一瞬であの魔女は奪った。
だから、食べた。
あの雌狐は残酷で、どうやら彼女は生のままで人肉を食らっていたらしい。人間の考えることではない。やはり彼女は性悪な魔女だったのだ。魔女になるべくしてなった、そうに違いない。このけだものの肉を食べた途端、私の身体に驚くべき変化が訪れた。身体の内側から、力が漲ってくるのを感じた。
この肉、なんとか焼く手段はないものか。そう思った瞬間、小屋ががたがたと動いて、立派な竈が出来上がった。
これが、魔女の力なのだ。私は震え上がった。あの、生きていた時の姿を思い出すことすら忌々しく思えるような、兄を誘惑した女は、このような力を扱っていたのかと思うと、むかむかしてきた。
まずは、この忌むべき女を細かく切り分けて、残らず焼いて食べてしまおう。
兄を虜にしたその美貌が、影も形も無くなるように。
そう思った次の瞬間には、魔女だったものの炭火焼きが出来上がっていた。私はそれを跡形もなく食いつくした。
あの女の全てを食いつくし、我がものとすれば、兄も喜ぶだろう。あの女と共に私の糧となるのだから。
どうせなら、この小屋も全て、食べられるものにしてしまいたい。嫌なものは、全て食いつくして、私の糧となればいい。
「これで、全て私のもの。にいさまも、それが一番の幸福でしょう」
私は兄にそう話りかけた。返事はなかった。
ふと、兄の顔が綻んだように見えた。
「あら、にいさまも笑っているわ」
自分の手の甲に、暖かい雫が落ちた。
私は、自分が泣いていることに、その時初めて気がついた。
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