魔王の座

第117話 勇者パーティ


 おかしい。

 この螺旋は何処まで続くというのだろうか。


 ダルネシオンの陰鬱な背を見つめながらエミールはただひたすらに続く石段を下る。

 暗闇に慣れたからこそ判る半円状の壁面は、周囲の空気を淀ませているようにむさ苦しい。そんな中、ただ一つの推測がエミールの脳裏には広がっていた。


(これって……地下牢獄に、行くんじゃ)




 地下牢獄。

 それはエミール自身も見た事の無い場所である。

 過去に凶悪事件を起した人間を監禁する為に作られた部屋。噂では地下牢獄には他国のスパイが捕虜として監禁されているとも言われている。はたまた王都に襲来した魔物がその正体解明用に捕らえられている等という与太話まである。

 だがそんな危険なものを見張らされる人間の身になれば有り得ない話だ。


 しかもそんな地下牢獄への通路がこの城内最上の塔から下りる等。


 だがエミールのそんな不安は直ぐに現実の物となった。



 時間にして一刻程。

 暗い石段を下りきった時、ダルネシオンは通路を塞ぐ鉄扉を何処からか取り出した鍵で開けているようだった。

 開かれたまま放置された鉄扉、その先にエミールも一歩足を踏み入れ、そして驚愕した。



 闇、暗闇、だがそれは辺りの暗さよりも黒い漆黒。

 薄暗さに慣れたエミールの目にはそれが何か大きな黒き巨石に見えた。



「黒き魔王よ……我こそ魔王の右腕なり」



 ダルネシオンがそう呟くと、その黒き巨石は怪しく一度反射光のような光を見せ、直後囁くような低い呻きが耳障りに響く。




――オオォォォ……



「闇の魔力よ、収束せよ」




 ダルネシオンがその巨石に触れると、生温かい風がエミールを吹き抜け全身に鳥肌が立つ。


 目眩、吐気、悪寒がエミールを襲う。

 何が起こっているというのか、だがこれだけは判る。

 これは危険な何かが起ころうとしているのだと。



「まだ、足りないか……どれ程闇を貪れば甦る」



 ダルネシオンが何をしているのか、エミールには判らない。

 いや、何かをしている。冷静になればきっと分かる。だが今はここに居てはいけない、エミールの肥大された体感がそう告げていた。

 そう気づいた時には既にエミールは元来た道を一目散で駆け戻っていた。



 そして螺旋状の石段をひたすらに上りながら考えていた。


 ダルネシオン=ファンデルは人間じゃない、そしてあの大きな禍々しく黒い石塊は、闇の魔力結石。


 魔力結石は大気に霧散する魔力の権化、闇は人より出ずる。

 そして闇は集まり、そして散る。

 それが魔王であり魔族。

 エミールは忘れていた幼き頃の記憶、母からのそんな言葉を思い出していた。


 今なら分かる。その意味が。

 今、また起ころうとしているのだ。

 世界を覆う程の闇が、すぐそこまで来ているのだと。


















 ここは北の島国。名をワンキャッスルと言う。

 この国を統治するのは民であり、皆が協力し、衣服を縫い、居住を作り、食を得て日々を生きる。そんな国である。


 国で掲げる一つの言葉は安寧。 

 それは過去に此処を統治した勇者、|一ノ瀬一城(イチノセカズキ)が生前に遺した言葉であり、この国の原型を作った張本人が望んだものだ。



 国名のワンキャッスルも勇者とその仲間達で考えた物であり、一ノ瀬一城の名前が由来だと未だこの国で命を永らえる勇者の仲間達は知っている。

 だがこの島国は元々魔王が居城としていた城がそのままに残っている事から、今存在する殆どの国民は国の名がその城の名から由来しているのだと考えている者が多いのも事実だった。


 そう言った記憶の忘却もまた平和な物の一つであると、この国で二番目に長命なドワーフのシュダインは考えていた。




「今日も平和か……明日、も平和じゃろな……そんで明後日も……そんつぎはなんじゃったか」


「おいっ、ジイサン!いつまで呆けてやがる。俺の|新型手甲(ナックルガード)はまだ出来ねーのかよ!」

「……ん?ベルクか、騒がしいのう。そう焦るな、時間はたっぷりあるのじゃて。しかもそんなもん無くともお主は素手で狩りぐらい行けるじゃろ」


「馬鹿野郎、ジジイ、俺はな、あんたの作る手甲が好きなんだよぉ!ただそれだけなんだよぉ、間引く獣なんか繁殖率の高いくそ猪ぐれぇだけどそんな事は関係ねぇんだよぉ……」





 次期種族の長になる筈であった獣族、ベルク=ヒューイナス。過去に勇者と共に魔王を討伐したパーティの一人。

 だがその自由奔放な性格は種の長には不向きであり、自らの里を捨て独断で勇者に付き添った結果がこの今であった。



 ベルクはのんびり金槌を振るうそんなドワーフに苛立っていた。ベルクは元来せっかちなのだ。早く新しい装備を身に着けてその性能を確かめて見たかった。


 だがシュダインにしてもこの国に居座るようになってからと言うもの、打つ品と言えば魚や獣を捌く長刃や畑を耕す鍬が殆ど。それも今や弟子達に任せている為自分は手を持て余していたのだ。

 そんな暇つぶしに、気まぐれでベルクに新しい装備を打ってやると言ってしまったが、ここまで急かされる今となればそんな自分の思い付きが悔やまれるのだった。




「ふぅ……この武器オタが」

「だぁぁ!一城の真似すんじゃねぇよ、ジジイが気持ちわりぃ!大体俺は武器オタじゃねぇ、手甲オタだ」



 勇者、一ノ瀬一城が姿を消してから十五年。

 今日もワンキャッスルは平和、である筈だった。




「シュダインさんっ!!大変だァァ!!」



 シュダインが居を構える街外れの森林、洞穴鍛冶屋に一人の街人が突如叫びながら転がり込んでくる。

 何事か、シュダインとベルクは同時にそちらへ視線を向ける。




「あんだぁ!?騒がしい、またあの訳のわかんねぇガキ共が悪さでもしたのかよ」

「はっ、ベルクさん!いい所に。た、助かった!た、大変なんだ、街に、変な奴が……そんでブラック・ナイツの奴等が……こ、殺されて」


「なっ……」

「なんじゃと!?」



 瞬間、シュダインとベルクの平和で弛みきっていた背筋に痺れが走る。

 この国を築いてから久しく聞く事の無かった言葉、殺しの二文字。


 今迄、魔王を滅ぼしたあの日から、どんな狩りだろうと一人の犠牲も出すことの無かったワンキャッスル。

 皆が寿命を全うし、平和に逝き、そして魔力へ還元される。そんな転生こそあるものの、故意に誰かが誰かを殺すなど勇者パーティのいるこの国では在り得なかった。


 こんな平和な国だからこそ、平和に溺れ、それに反抗しようとする輩も多少は居る事も事実。

 ブラック・ナイツと名乗るふざけたグループ、森で狩りをし強くなった気でいるのかたまに街で悪さをする。

 だがそんな彼等も勇者と共に魔王を討ち倒したベルクやシュダインにしてみれば可愛いものなのだ。

 だがこの民から放たれた言葉、ブラック・ナイツが何者かに殺されたと言う話。


 それは流石に見逃せない事であった。

 しかも悪さをしているとは言え、ブラック・ナイツの腕はこの平和な国でもなかなかなもの。それを殺す等、一体誰が。シュダインとベルクは恐らくそう考えていた。




「いつ!何時だ!何処で!誰が殺った!」

「い、い、いまです!街で……変な3人組が現れて、そんでブラック・ナイツの奴等が絡んだんです……そ、そしたら」


「だあぁ!わかんねぇ!兎に角そこへ案内しろ!」

「ベルク、待て、焦るな!儂も行くわい!」

「ジイサンはおせぇんだから後で追っかけて来い!行くぞ」

「あ、は、はいぃ!!」




 ベルクは我先にとシュダインの洞穴鍛冶屋を駆け出た。

 シュダインもベルクの手甲を打っていた金槌を置き、昔からの癖で未だに足元へ置いている戦闘斧を久し振りに握る。

 そして数ヶ月振りの外へと出たのだった。



「一体何が……」

「シュダイン」



 ふと、背後で鈴の音にも似た涼し気な声がシュダインを呼んだ。



「アリエル、か。珍しいな……だが今は緊急事態だ。茶は後で出すとしよう」



 背中まである髪は黄金に輝き靡く、先の尖った耳と緑眼をもつ若々しい女はひっそりと森から姿を見せ、虚ろにそう言った。


 種族、エルフ。

 アリエル=エルフィーユ。

 この国で最も長命。外見に似合わず齢200とエルフの中でも一人前と言われる年だ。

 シュダイン、ベルク、今は無きエミール=テナー、そして一ノ瀬一城と共に過去世界を魔の手から開放した者の一人であるアリエルは静かに中空を見つめている。



「分かっているわ。魔が、動き出した……気を付けて」

「魔が?次から次へと。全く、何だと言うんだ」




 シュダインはそう溢し、兎に角今は目の前の事態が先決と戦闘斧を肩に背負い直し街に向けて一目散に駆けたのだった。

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