第101話 幼き日の亡霊


「真、五歳の誕生日おめでとう」

「おめでとうね真ちゃん、来年からはもう学生さんね」


「うん!任しといてよっ」





 創星8年。

 日本での教育制度は世界標準に合わされ、六歳から十三になるまでを義務教育期間とした。

 義務教育期間であるといってもその教育費は全て国の負担にはならないのが現実である。


 教育費は国の補助を差し引いても一律一千万。

 全ての子供は学園機関にてその成長を見守られる事となる。

 つまりは六歳で親元を離れ、国の管轄下によって教育を施されると言うのが創星暦より日本でも開始された世界標準教育課程だ。



 これにより子供を学園生活に入れられ負担が減ると喜ぶ者、寂しいから手放しくたくはないと嘆く者、教育費を払えないと子供を学園に入れない者と様々な意見がなされたが、国の、いや世界の意思は否応なく決定されていた。


 優秀な人材を国の監視下によって育み、思い通りの世界を形作る。

 それが国連だけではなく、ひいては人類の意志理想であった。



 真の両親は進歩する科学文明と相反した仕事に身をやつし、それでも必死に一人の息子を育ててきた。

 教育資金を必死に集め、自らの贅も投げうって全てを真の為に尽くしたのは両親が愛を持って子供に接した親だったからなのだろう。



 だが真は理解していた。

 幼心に両親が決して裕福でない事も、無理をして自分を学園に入れようとしている事も。




 そんな日本には世界標準教育機関とは別の機関も存在していた。


 国家保持機関フォラス。

 国を守る自警組織であり、かつて日本で自衛隊と呼ばれた国営組織を丸ごとある一大企業フォラスグループが買収し、国と結託して新たに設立したものである。

 学園のように多額の費用も必要なく、生活の不自由もない施設。入関規定は年齢六から十三歳までとなっており、十四からはそのままフォラスグループの企業で就業する事も叶うと言った表向き好条件であるが、それはあくまで表向き。


 世界標準教育課程から溢れたものを拾う為と言った体のいい事を主張しながら実際に中で行われるのは人体実験の類だと知る者はまだこの時はいなかった。


 そんな大手フォラスグループは教育課程をきっちり積んでから就職する事も可能であり、むしろそちらの方が上位の役職に着けるともあってやはり教育資金が集められる親達にしてみれば自分の子供はまず学園にと言う者が多かったのも事実である。





 そんな中真はその貧しくも愛のある家庭で生きながら、無理をしてまで学園生活に身を投じる事に疑問を感じ始めていたのだった。

 それはやはり幼心に両親へ負担を掛けたくない、そんな一心から来る気持ちだったのだろう。





 六歳までをあと数ヶ月といった頃、真の今後を分ける岐路は突然にそこへ舞い降りた。


 否、それは突然では無かったのかもしれない。

 いわばその事態は真が生まれてしまったその瞬間から始まりを告げていた筈だ。







 科学の発達した世には人間よりも生産率のいいAI汎用機がごく自然に現れるようになっていた。

 そんな中それを開発研究、生産する仕事は今だ半数が人の手によって行われていたが、それ以外の単純な仕事は人の手に代わってAI汎用機が代替された。


 

 知識も技術もなく、かつての日本をただ無闇に生きていた人間は瞬く間に職を失い、国から捨てられその存在を事実上消して行った。


 やがてそんな人間達に目を向け声を大にするような人間ももはや数少なくなった。

 巷では徐々に暗黙で試法されて来ている定齢死罪法が脅威となって国民の心をにわかに押し潰していたのかもしれない。

 そしてそんな流れに真の両親も例外なく呑まれていった。



 真の両親は国を憎む新興宗教に関わっていたが、職を失ってからはそちらにのめり込む様になっていた。

 真はそんな両親は支える為に必死だった。


 古びた家の家賃も滞納するような日々。    

 ひたすらに訳のわからない御託、経典の抜粋事項を語り合う両親。

 何れ手に入る平和と幸せの為に今はただ祈るのだと。何を犠牲にしてもただ祈る事が絶対的な幸福の境地へ導くと信じて疑わなかった両親。


 幼き真はそんな両親を疑ったりしなかったが、それでも今を生きる為に必死で街中に僅か打ち捨てられる汎用機部品を拾い集めては買い叩かれる日々を過ごし、いつの間に変貌した両親に代わって家庭を支えた。

 

 

 両親の神への祈りは次第に苛烈を極め、未来永劫の幸福を掴むためには今祈るのだと毎朝毎晩、家の中でも今や最も高価な祭壇の前でひたすらに祈り続けていた。

 

 父も母も何処か窶れて見え、真はもっと自分が頑張らなければならないと更に一歩深い闇の道で両親と自分の命を繋ぎ止める為、その命を削った。



 それは何時頃の事だったか。


 教育課程云々等真の脳裏からすっかりと消え失せ、自分の歳すらも記憶の海馬に埋もれた頃。

 随分と空けていた汚らしい自宅に身を削って稼いだ大金を持って帰った時分。



 真は見た。

 眩しく肌をジリジリと焼く夕陽が二つの延びた影を六畳間に作り出しているのを。


 揺れることも無く、宙に浮いた長さの違う二つのそれは真を産み、育て、愛してくれていた筈の人間であった。



 それを硝子の球体が映像として捉えた時、真の中で何かが途切れた気がした。



 孤独、悲しみ、無為、死、死、死、死。

 

 壊れていた。

 全ては既に壊れていた事を、目の前の現実が否応なく真に突き付けた。



 神への祈りは未来の幸せの為に。

 ならば今の幸せは一体何処にあるというのか。



 神は両親を救ったか?


 神は真を導いたのか?



 解っていた。 

 真にはわかっていたのだ、神などいない事は。

 だがそれを認めてしまえば神にすがる両親をそうさせたのは自分の存在だと、そう思ってしまえば自分は何処にも逃げられないと感じていたから真は神を認めるふりをした。


 自分が存在してしまった罪悪感から逃げる為、真は神を信じようとしていただけなのだ。



 だが今、全を失った真にそんな虚像の神は最早必要なかった。


 神は誰も助けはしない、存在しないと。


 もしいるとするなら神は人を産み落とし、罪を背負わせ、そして殺すのが唯一神。



 それもいいだろう、真は必死の思いで崩れ落ちようとする自我を保つ為そう強がっていた。



 稼いだ汚らわしき大金を、神への供物かのように吊り下がる両親の下へ落とし、自ら噛みちぎった唇から血を流し。



 真は感情の全てを捨てるかのように、影となる両親の下でただ泣いた。






 稼いだ大金と言ってもそれは子供ながらのものでしかなく、それをただ一人の人間が生きる為に使い切る事はいとも容易い。


 真は裏の世界でいつしかその身を立てていた。


 見捨てられた人間達にも残された道はある。

 暴力という名の娯楽。

 数々の大企業も裏でスポンサーを務める世界の富豪向けに行われる裏格闘技大会。

 歳の頃六歳から闇を歩き、暴力に身を染めていた真は知らずの内に重ねた年齢と共にそんな世界で唯一無二の居場所を得ていた。


 そんな暴力のみに形成された真は裏格闘技大会でも名を馳せ、国外にまで遠征する程の実力を持っていたのだ。



 表舞台で活躍していた名のある元格闘技選手、裏世界でその名声を手にした殺人鬼、様々な人間がいたがそんな事等真は知る由もない。


 ただ本能を超えた本能、そして憎悪や怒りさえも超越した無の暴力をただ振るうのが霧崎真と言う男だった。


 霧崎真は齢十八にして世界の暴力、その頂点に立っていた。



 

 真は数々の富豪、企業の召し抱えとしての勧誘を受けていたが最早そこに思う所もない。

 だが再度足を踏み入れる事になった故郷、日本で一つの謳い文句を度々目にした。



 科学の著しく進歩する日本、自分の両親を殺した小さな世界は平和の為に人材を欲していた。


 世界平和の為に集え、生活の安定はここに。

 そう発信していたのは今日本で混乱を巻き起こすおかしな組織デスデバッカーに対抗するべく作られた組織、フォースハッカーというものである。

 

 真の意思は自然とそこへ向いていた。

 その理由は本人にも定かではない。

 惨めに死んでいった両親、それを追いやった国への意趣返しか、真は自分の持つ全ての暴力を以って全てを壊したかった。


 日本を、世界を、何もかもを壊す。

 その一歩に、世界平和等と抜かすそこは真にとって最も壊したいものだったからなのかもしれない。

 

 

 その時の真はそこが逆に自分を壊す為の場所等と気付く由も無い。

 














 神無き世、だがこのオカルトな世界にならば神はいるのか。

 今更、もしここに神がいたならその神は真の過去をも助ける事が出来るのか。


 その答えは否だ。


 過去は変えられない、フォースハッカーの開発したプログラムも結局はこの様。


 フォースハッカーを恨む気持ち等は欠片もない。

 元々何も期待してはいなかったのだから。

 こんな身体になった今だが、思えば自分が壊れていたのはもっと前なのかもしれない。



 今はただ、自分の意思を持って、暴力に身を委ねるのではなく、暴力に意味を持たせる事。

 それが出来ると真に気付かせた存在を守る為、そしてそんな世界の片隅で自分の存在に少しでも意味を持たせる為。




 真は闇夜に佇むその大きな祭壇に、両親と過去の自分の亡霊を見た気がした。

 



「俺に……神は必要ない」



 そんな真の呟きを、神の像は寂しく見つめた。

 

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