第48話 真の仕事


 ザイールの街。

 ファンデル王国の西端、レノアール共和国との境界に位置する場所にあるらしいがその境界は何とも曖昧だ。

 国境らしき物もどうやら無く、何ならファンデル王国はそんなレノアール共和国を抱き込もうと画策しているらしい。


 まぁ、共和国なら何れそうなってもおかしくはないだろう。



 と、今はそんな事はどうでもいい。

 この世界の諸事情等そこまで興味は無い、あるとすればそれが自分にとってどう影響してくるか。

 情報は必要最低限でいい、余計な情報は自らの行動を危ぶませる事にも繋がる。



 とりあえず今やるべき事は金を稼ぐ事。

 いつまでもフレイのヒモの様になるのは御免だし、それに今更俺は行かない等と言える訳もない。



 仲間、なのだ。

 元々そんなつもりも無かったがどうやら俺の感情はそう判断している。

 ならばそれ相応に行動するのが人間のあるべき姿と言うものだろう。


 人間かどうかも分からない自分がそんな風に考える事事態滑稽な気もするが、今はそんな気持ちを少しだけ大事にしたいとも感じていたのは事実である。






 だがしかしここに来てまさかの金銭苦とは。

 いやそもそも最初のあの村で何故全ての銀貨を受け取らなかったのか自分の不用意な同情心に心底呆れざるを得ない。

 フォースハッカーの一員となってから金に困る等有り得なかったからその癖で金に対する意識がどうやら薄れていた様だ。



 だがこの世界では再び金がいる。

 王都の宿は一泊銅貨五十枚、荷馬車に関して言えばギルドの仕事でもない限りかなりの貸与金がかかるらしい。

 一日辺り銀貨五十枚、更には預け金に金貨十枚とザイールまで片道二日程度はかかる事から荷馬車を借りるには莫大な費用が必要だ。

 そこまで使うのならいっそのこと買ってしまえと馬舎屋がそう言いたいのが暗に伝わってくる。

 全くうまい商売だ……馬だけにと言った所か。


 そして問題は三人となれば水、出来れば携帯食なども三人分が必要になってくると言う所。そして万が一に供えて上ザイールでの宿泊代も一応は稼いでおきたいとの事だった。



 別に野宿であっても真自身は一向に構わないのだが、そもそも誰の金を使って今までのうのうと飲み食いしていたのかを考えればどちらにせよ、やはり資金を自らも稼ぐと言う話が全うだろう。



 そんな訳で俺達はバラバラにギルドで仕事を請け負う事になった。


 フレイは階級故かそこそこ危険そうに思える仕事、平野の遺跡に魔物が住み着いたと言う関連でその討伐へと向かっている。

 その遺跡に住み着く魔物はまだそこまで凶悪と言う訳でも無いようだ。

 ただ放って置くと危険な魔物に成長するとかでギルドはそこそこ腕の立つギルド員達に声を掛けていた。



 もちろん俺とルナの様な低級の人間にそんな声が掛かる事はなく、ルナは再度のラベール花の採集に向かった。

 これは一度経験している上、獣が敵にならないルナにはうってつけだと俺が勧めた物であり、万が一量が取れれば自分用に貰う事も考えての打算も含んである。





 対して俺の仕事……俺は今ファンデル王都近隣の浜辺に来ている。


 理由は海水を汲むことだ。

 木製の桶に何かゴムにも似た様な伸縮性のある汚ならしい袋が入っている。

 これに海水を入れて持ってこい、それが今宛がわれた仕事である。



 依頼元はギルド専属の薬師館とやら、恐らくこの薬師館もあの例の商会と同じくギルドが運営するに当たって多大なバックアップを行っているのだろう。

 薬師館の人間は仕事で来た俺に対し、かなり横柄な態度で海水を汲んで来い、持ってきた分だけ報酬を出すと言ってきた。

 使用方法について尋ねた時もお前みたいな奴に言って解るかととでも言いたげに見下した態度だったが、どうやら塩を抽出する為だと言う事だけは解ったので良しとする。



(さて……少し嫌がらせも兼ねるとするか)



 桶は二つ、中にある袋は二つ、容器は全部で四つある。

 先ずは海水を桶に二杯、目一杯汲む所からだ。

 少し木の継ぎ目から海水が漏れているがその為の袋なんだろう。ただ今の俺がやりたい事にそんな事は関係ない。


 少しづつ漏れ出す水を見ながらデバイス操作、磁性粒子分解波を海水に向けて放射する。

 海水に結合する化合物からH2Oのみを強制分解させると、それは水蒸気となって瞬時に大気へ霧散した。


 桶自体にも影響してくるかとも少しの危惧はあったが、やはり予想通りと言った所。

 桶と海水との結合力は皆無、巧く対象を海水のみに絞れた様だ。



 桶に入っていた海水は白い結晶となって少しだけ底に貯まっていた。


(200グラムって所か……中々少ないもんだな)



 桶一杯に入れた海水から取れる塩化物はどうやら僅か、桶一杯に塩を貯めるにはあと何回これを繰り返せばいいのかと考えると少し憂鬱だが今は文句も言っていられない。

 海水を汲んできた分だけ報酬を貰えるならその目的である塩を持って行けばどうなるか、恐らくそれなりになる気がする。


 万が一海水が欲しいんだよと言われた場合も鑑みて、塩とは別に海水も少し汲んでいく事にしよう。














 あの後、強制的に作り出した塩を目一杯入れ中々に重くなった桶二つと海水を入れた袋を両手に抱え加速アシストで薬師館に戻った。


 それはもう散々だ。

 いや、予想以上の反響が返ってきたと言った所だろう。


 最初に俺に海水を汲んで来いと言った薬師館の男は目を丸くし、その後俺に怒声を向けた。

 だが薬師館のリーダー的な存在が俺の作った塩を見るなり事態は一変した。


 それを舌で軽く舐めて塩だと言うのを確信したのか、どうやってこの短時間でこれだけの塩を作ったのかと問い詰められた。

 俺は適当に、魔導師だから火の魔力で海水からこれを大量に抽出したと言っておく。


 薬師館のリーダーはそんな俺に薬剤への知識がある人間はハイライト以外に知らない、その魔力も素晴らしいと賛嘆し薬師館で働かないかとしつこい位に勧誘をけしかけてきたのだった。


 この程度の知識で薬師が勤まるならそれもいいかと考えだが、とりあえず報酬を寄越せと言うとその場で金貨十枚を支払うと言った内容の走り書きをした紙切れを渡して来た。

 ついでに待っているぞと言う一言も添えて。



 恐らくこれはそういう意味合いも含めた報酬なのだろう、だがまあ今は報酬第一と言うことでそれを受け取りギルドで換金して貰う事にした。


 ギルドの受付で依頼完了し、換金所でその紙切れを渡すと何やら換金所内がざわついていたがとにかく無事に金貨十枚を手にする事が出来たので良しとする。



 正直あの金貨は賄賂的な意味合いが強いのだろうが別に断ってもいいだろう。

 万が一にも強引な行動を取ってくればその時は力でねじ伏せればいい。と言っても俺にとってはギルド員だろうが薬師館だろうが働ければ同じことだ。


 金が貰えて、ゆっくりと、この世界で生きて、そしていつか死ねればいい。

 目的がそれならその手段は別にどうあってもいいのだから。




 ただ今の目的はフレイの弟の病気を治す事である。

 俺は一足先に、待ち合わせであるギルドの二階でカフェインを飲みたい気持ちを抑えながら冷えた水をグラスについで傾けた。





 フレイもルナも俺も、敢えて時間のかからない依頼を選んでいる。

 理由は二日も三日も遠出する依頼は危険だし、安全を確認するのが大変と言う事から。


 だから金が貯まるまではこうして一日単位で個々に依頼をこなす、待ち合わせはこのギルドの二階。

 もし戻って来なければ捜索に行くと言う算段である。


 正直言えばフレイもルナも無事に戻ってくるのか心配な所ではあるが、やはり生きる上で自分の事は自分で何とかして貰いたい所。

 フレイの金で宿に泊まっている自分が言うのも何だが。




「なぁ知ってるか?」


「……あん、何だよ?ネイルが実はハイライトと付き合ってる事か?」

「はっ?!マジかよっ!……ってちげぇよ、てか何だよそれ。聞いてねーぞ!」



「いや、噂だ噂、それより何だよ……勿体振りやがって」



 ふと横のテーブルを囲む二人の男達の声が聞こえて来る。

 ここは相変わらず喧しい奴等が多い様だ、情報をそんな大声で話す辺り大した人間じゃないだろう。



「いやよ、国が勇者召喚をしたんじゃねぇかって事だよ」

「勇者召喚……?おいおいそんな話信じてんのかよ、異世界の人間を呼び出して魔王を倒したとかって話だろ?何十年前のお伽噺だそりゃ」


「いやそうなんだけどよ……来たんだよ」

「だから何が?」



 片方の男は勿体振る様なもう一人の男の喋りに少しばかり苛立っている様だった。

 それもそうだろう、俺でも苛々する。

 早く話せ、俺も聞いてるんだ。


 情報は力、こういう所で安易に話す人間は何にせよ有り難い。



「S級ギルド員だよ!ありゃ氷城のエミールに間違いねぇ、それにその横にくっついてたガキ……S級ギルド員がギルドに来るなんてそうそう無いぜ。隣にいたそのガキは何か垢抜けねぇ感じだったしな。で、俺は思った訳だ、こりゃ何かある。昔の話じゃファンデル王国が過去に魔王を倒した時にもS級ギルド員がその勇者の世話をしたって話だしな、今回もそうなんじゃねぇかって……B級越えの依頼にも魔物討伐が増えてやがる……どうだ、俺の推理もあながち間違ってねぇと思わねぇか?」


「……どうだろうなぁ。それにお前はCの二級だろうが、よく他の依頼まで見る気になるな。しかし俺もS級ギルド員を見たかったなぁ……」



「確か平野に遺跡が出来てるとかでそこに行くような話をしてたぜ……結構それで見学目当てに行った奴もいたしな。俺もお前と待ち合わせしてなけりゃ行ったのによ」




 もう少し面白い話題かと思えば魔王だのS級ギルド員だのと話の内容がオカルト過ぎて着いていけない。

 ただ平野の遺跡と言えばフレイも行っている筈だ、帰ってきたらその話について触れてみるのもいいかもしれない。



 男達が今から行ってみるか等と言いながら意気揚々と席を立つのを視界の端で捉えながらグラスの水を喉に流し込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る