第32話 人として


 どうやら二人の話からこの世界での接吻は婚約を約束した男女が交わす儀式の様な物だと分かった。

 地球で指輪を嵌めてやる、そんな儀式と似ているのだろう。だがルナが焦るのを見るやフレイはそれを自分を助ける為の仕方ない行為だったと代弁してくれた。



「…………そ、そうだったのですね。私はてっきりこう……その、最後はお前の手で殺してくれ!みたいな事をフレイさんが言ってシン様が涙を流しながら婚約の儀をフレイさんと交わして……それで……そんな展開だとばかりに……」



 こいつの頭はどうなってるんだと真はルナの恋愛小説さながらな話に溜め息をついた。

 フレイは恥ずかし気にそれを身ぶり手振りで否定するが、婚約の儀となる行為を軽率に取ってしまったのは不味かったなと心を改める。



「……でもシン……その、それで何故私は……助かったんだ?」


 先程まで声を出すのも辛かったフレイは自力で起こせる様にまでなった体を擦りながらそんな疑問を口にした。



 だがそう思うのも仕方ないだろう。接吻で毒が治るなどさすがのこの世界でも合理性が無さすぎる発想だ。

 だがそれをどう説明すべきか、いい考えが思い付かなかった真は仕方なく大まかな原理を噛み砕いて話す事にした。



「……何て言うかな、俺の体は毒とか怪我が直ぐに治るんだ。その、一部をお前に……譲った。これでどうだ?」


「…………んん、そうか、なるほど。やはりとんでもない男だな……ブルーオーガの話もあながち嘘では無いのか……一体何者なんだお前は」



「シン様は英雄ですからっ」



 ルナの不思議発言は無視するとして、確かに何者と言われてもそれは素直に答えづらい質問だ。

 異星人とでも言うか、真からしてみればこの二人もまた異星人であるが。


 そんな事よりも大事な事をフレイに伝えなければならない。

 この世界に異なる年齢が存在する以上ここでも成長の概念は地球と同じと考えていいだろう。

 だとすれば寿命も少なからず存在し、老衰によって死ぬ事も考えられる。



「フレイ、所で種族間に違いはあるだろうが人間……の寿命と言うのは何歳位だ?」


「寿命?……それは断命するまでの期間の事か?」



 断命、フレイは真の言いたい事を何となく汲んでくれた様だがこの世界では地球と言い方が異なるのかもしれない。

 真は恐らく断命と寿命が同じ意味だと捉えフレイにそうだと答える。



「……ははは、おかしな事を言うんだな。人はいつ死ぬか何て分からない、それはどの種族でも同じだろ?」

「……でも普通に生きていれば長いですよ?私の村の村長さんなんか確か九十です!」


「まあ……そうだな、私達の様に戦いに身を置かない人間ならそれ位か。だがそう言えばエルフなんかは数百年生きるとも聞いた事があるぞ、昔ノルランドを旅した時に珍しくエルフを見てな。確かそいつはそんな事を言っていた」



 そう、真が聞きたいのはそう言う事だ。

 いつ死ぬか分からないのは生きている上で当然だが、平和に普通に生きたとしての場合。

 たまにはルナの発言も役に立つと感じながら二人の会話に割り込んだ。



「そうか、まあつまりはそう言う事についてなんだが……フレイ、お前はその、死ににくくなった」

「んっ?」

「へ……?」



 何を言っているのか、とそんな表情を真に向ける二人。だが真の言った事は至極単純であり的を得た言い方だ。


 BPP-4で開発された酵素は体内の疲労物質や毒素を分解するが、大きな目的は永久的な細胞分裂にある。それは即死に至らない程度の傷ならば直ぐに完治するし、歳も取らない。

 所謂不老不死である真の体の一部を分け与えたフレイも又不老不死になってしまったと言う事なのだ。



「俺の体は歳を取らない、怪我も治る、毒も効かない。つまりはまぁ……首でも飛ばされなければ安易に死ねない体だ、フレイも……恐らくはそうなる」

「……何、だっ――――」

「不老不死っっ?!」



 フレイの驚きに口を挟むルナ。

 その言葉からこの世界でも不老不死はあるのかと真は思ったが、それならそれで構わない。真は一応人間としての自然に死ぬと言う行為を止めてしまった事を謝りたかっただけなのだ。


「シン様が不老不死……フレイさんも不老不死……英雄……私は……」


「不老不死……それを求める人間は多いがまさか本当にあるとは。それで私もそうなった、と……?」

「あぁ……その、すまない」



 ルナの独り言はいつもの事だと真はそれを無視してフレイに謝罪する。


「……ふっ、何故謝る?それは……凄い事じゃないか、私はこのまま美しい体を保てる……って訳だ」

「……美しい、かどうかは知らないがそうだな。だがそれは生物の意に反するだろ?」



 冗談混じりに言葉を紡ぐフレイに、真は夏樹がよく言っていた言葉を思い出す。

 当時の真にはそんな事などどうでもよかったが、夏樹はこの実験に反対していた。


 人間が人間でなくなると。


 だがフレイは真の言葉等意に介していない様子で軽く息を吐いて笑うと真を見据えて口を開く。



「……そうしなければ落とした命だろ?それならこれは第二の生として、お前の為に使うさ。真、感謝する……それと……もうこの命も体もお前に捧げる事にする」



 その言葉はどういう意味か、勘違いも招きかねないそんなフレイの発言に不覚にも心が揺れた真であった。



「それに、首を飛ばされれば終わりだろう?戦いに身を置く私達には不老不死等関係ないさ」

「……それもそうだな」



 真とフレイは互いに笑いあった。

 それはつい数時間前まで一緒にいたのに、随分久し振りに交わす軽口の様に懐かしく真の心を満たしていた。




「わっ!私にもしてくださいっ!!」

「……はっ?」

「ルナ?」



 突如二人の笑い声を止めるルナの狂気発言。

 真とフレイはルナに振り返り動きを停止させた。


「ルナ、不老不死は……魅力的かもしれないがそれには、その、接吻を――――」

「構いませんっ、フレイさんばっかりずるいです!私は英雄シン様のお側に仕えたいのに……私だけ死んじゃうじゃないですかっ!そ、それに……その婚約の儀だって私、私も……したい……のに」



 真はルナの発言に頭を掻いた。

 あれは婚約の儀ではないし、そもそも自分は英雄じゃない。ルナの勘違いは未だ留まる事を知らないがどうしてそこまで不老不死になりたいのか。

 それはともかくとして冷静になった今改めてルナにフレイへした事と同じ様な事をしろと言われてもそれは真にとって何とも気の進まない行為であった。



「……さっきは仕方無くだ。咄嗟にそれしか助ける方法が思い付かなかった」

「……仕方無く、なのか?」


 フレイが向ける視線が何とも殺気を帯びた気がするが今はルナの対処が先だと判断した。


「命の危険が無い以上お前にそれをする必要は無いだろ?」

「それは…………じ、じゃあ私がフレイさんみたいに危険だったら……してくれますか?」



 何とも子供の我儘にも思えるルナの発言。

 真は暫し考えたが、ルナも勝手に着いてきたとは言え自分を追って村から一人出てきた今となれば大切な仲間でもある。

 いざそう言う事態になって、それしか方法が無ければ恐らくそうするだろうと真は思った。


「……その時は、そうするかもしれない」

「本当ですか!?分かりました、じゃあ……今、そうなります……魔力マナよ」


「……ん、おいルナ!?」



 ルナはそう言い真から数歩離れると、突如両腕を頭上に掲げると目を瞑りいつもの言葉を紡ぎ出す。

 恐らく真の言葉を聞いて、自分の魔力で自分を怪我させようとしたのだろう。




 愚行であった。

 それは幼き思考による我儘な行動。

 真は素早く加速化された動きでルナへと肉薄するとその脳天に手刀をかました。



「プグッ!」

「シンっ!」



 予想以上に力が入ってしまった真の手套に沈むルナと、やり過ぎだと声を上げるフレイ。

 だが真に謝罪するつもりは微塵もなかった。


 青色の頭を抱え踞るルナを見下ろし、真はそんなルナに厳しく冷たい言葉を投げつけていた。



「……命を粗末にするな、お前を心配する親の身になれ。たった一人の男なんかの為に村を飛び出した事すら褒められる事じゃないが……それでもそれを許したのはお前を信じてるからだろ?」


「…………シン」

「……うぅ、ぅっ、う、だって……私……も、英雄の……」



 ルナは涙ながらに自分の気持ちを真へと訴える。

 だが真としてもルナが心配だったのだ。

 ルナはまだ子供、命の大切さも親の気持ちも理解しきれていない。

 関係ないと割りきってしまえばそうだが、真は僅かながらにルナの親からルナを預かっている様な気持ちにさせられていたのだ。



「ただ……俺が側にいる限りお前を死なせたりはしない。だから、その……そんなに焦るな」


「うっ……うぅ、シン様ァァ!!」

「っうぉ!?」



 泣きながら真へと飛び込んでくるルナを咄嗟に抱き抱える。



「……全く……罪な男だなシン、お前って奴は」


「ぐっ…………ほっとけ!」



 あわあわと狼狽えながらも泣きじゃくるルナを抱えた真に茶化す様なフレイの言葉が投げ掛けられる。





(……これでいいんだろ?)



 そんな状況に辟易としながらも、真は夏樹の笑顔を中空に想い描きながら誰とも無しに心でそう問い掛けたのだった。

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