第27話 バジリスク討伐 後半
「……様子を見てくる」
「お、おい……」
フレイはブレイズにそう告げると荒野へと足を向けた。
星空のぼんやりとした明り、暗闇に慣れてきた視界を頼りに一歩一歩荒野へと近づき間もなくその乾燥しきった台地へ踏み入る。
意外にも荒野はここまで近かったのかと改めて認識する。
土竜がフレイを関知し現れた場合を考え、いつでも対処できる様腰の剣に手を掛けながら荒野を進んだ所で何か大きな影がそこに存在するのを見つけた。
「これ、は……!?」
近くで目を凝らすとそこには見慣れた土竜の姿、突き出た強靭な顎に乗る鋸の様に生え並んだ牙が白々しく剥き出され、生きていればばたばたと慌ただしく動くはずの顔に付いたヒレも今やその気配を無くしている。
「死んでいる、のか……」
ふと辺りを見回すと同じ様な黒い塊が他にも二体転がっていた。
「……こりゃあ、何だってんだ?土竜が地表に出て寝てやがるぜ」
後を追って来たのかブレイズとその後ろに着いてくる三人の男が慌てた様子で辺りを見回していた。
「……死んでいる、原因は分からないが他にも何かいるはずだ。気を緩めるなよ……」
「死んでるだと……へっ、土竜を殺れる様な獣がこの辺りにいるってのか。あり得ねぇ、土竜はこの辺りの頂点だぞ」
「分かってるっ、だから気を引き締めろと言ったんだ。もしかしたら魔物かもしれない」
土竜、ファンデル王国でも魔物を覗けばそのヒエラルキーはトップに位置する竜の類いである。
ファンデル王国と北西のノルランド王国境界に聳えるファンデル山脈には飛竜と呼ばれる竜も存在するがこちら側からそれをあまり見る事は無い。
ファンデル山脈と呼んでいるのはファンデル王国側だけであり、ノルランド王国では同じ山をノルランド山脈と名乗っている。
要するに未だ領地の取り合い的な事を表面上の口だけで行っているのだ。
「魔物……ってよ、こんな所で魔物が何するってんだ」
「……知るか、魔物の生態など誰も知らない。そもそも魔物と獣の境界すら未だはっきりしていないだろうが。魔物を束ねる魔族と言うのだって実際に見たと言う人間を私は知らない」
魔物と獣の線引き。
それは何とも曖昧な物である。
時に故意に街や人を襲う遥か昔から存在する魔物。その生態は未だ分からず、ただこう言う生物は魔物の何々でありこう言う生物は獣の何々と呼ばれているのだからそれ以上追求する事など意味の無い事であった。
しかし今問題となるのはそんな事ではない。
ファンデル王国でも特に危険とされる土竜が三匹もその場で死に絶えている事だ。
土竜は土の中を潜る上、その表皮を覆う鱗は硬く容易く仕留める事など出来ない生物。
捕食する際に地表へ出てきた所を多勢に無勢でかかり、鱗の無い腹部を狙って動きを緩めた所で首を一気に刈り取ると言うのがセオリーではある。
その際どうやら火が苦手な土竜に対して火の魔力機や魔力結石を使用するのは更に効果的である事も分かっている。
だがしかし辺りにそんな形跡は無く、ただ死に絶えた強力な土竜が三匹もそこにいる状況は異常を越えて恐怖すら感じさせた。
「おいっ、何だよありゃ!?」
そんな時である、闇に浮かび上がる2つの球体が何やら此方へと近付いて来ていた。
球体に目を凝らして見ると、近付くそれがどうやら土竜より一回り程小さい生き物の眼球だと理解した時には既にもう遅かった。
その距離は既にその生物の間合いであり、フレイ達に敵意を持って攻撃を仕掛けていた後なのである。
「……何だ、この匂いは……」
フレイは何か強い刺激臭を感じ慌てて腕で鼻と口を塞ぎ後ずさった。それは長年の経験と勘から来る咄嗟の判断だったのかもしれない。
だがブレイズと他の連中はそこまで気にしていないのか食い入る様に眼前に段々とはっきり姿を見せるその鳥の様でもあり蛇の様にも見える生物に歓喜していた。
「ばっ!バジリスクだッ、間違いねぇっ!おい、お前ら!戦闘配備だ、魔力マナを放て!」
目の前にいる生物、それが伝説上の生き物バジリスクかどうかはフレイには分からない。
だが語られるバジリスクの眼球は大きく光り、その目は猛毒を持つと言う。蛇の様な尾を持ち、竜の様な翼を背負い地をかける、それがバジリスクだ。
場合によっては目を見るだけで死ぬとも語られているがそれは今の現状では無いようだった。
マックス、レイコップ、ライアンの三人はバジリシクを中心に散開し魔力結石による火の魔力マナを解放させた。
暗闇に炎弾が舞う、それは瞬く間にバジリシクを包みその隙を見てブレイズがハルバードを両手に持って駆けた。
素早い行動力、一瞬の判断、それはさすが腕の立つB階級ならではの動きだ。
だがフレイは何故か動けなかった、自分がすべき事は分かっている。
側面に周りヘイト管理をしながら一撃の斬撃をブレイズに任せる事がこの場では最も有効。
だがフレイの勘は近付くなと警鐘を鳴らしていたのだ。
――――スシャャァァアッッ‼
「ぐっ!?……っち、んだってんだこの鳥公がぁっ!」
一層に爛々と輝きを増したバジリスクの眼球。
何があったのかブレイズは目を腕で擦りながら半ばやけくそになりながらそのハルバードを振るう。
そのハルバードに身体をやられたのかバジリスクは絶叫を響かせながら後ろで魔力結石による援護を行っていた男達に突進していた。
フレイはバックステップでそれを飛び退け、地面を転がりながら再度バジリシクの位置の把握に努める。
――――グギャアォオォォッッオォ‼
「……アッぐっ」「ッグゥゥゥ」
バジリクスの悲鳴にも似た声と同時に男達は魔力結石を手から落としその場に踞る。
何が起きているのか、男達は特に攻撃も受けていないのにそのまま戦意を喪失させられた。
(……まさか、毒か)
フレイはバジリスクが毒でも吐いているのかと推測していた。
自分も異臭を感じて咄嗟に口を塞いではいたが、既に何らかの原因によって喉に灼熱感を感じていた。
「あ"ぁ"ぁァァッっ!」
「いでぇぇえっ」
「いてぇよぉ"ぉ"お」
「くそッ!何だってんだ……はぁ、はぁ、くそ、目がいてぇ……体も、しびれやがる……ぐ」
倒れる男達の絶叫、呻き声、バジリスクの雄叫び。そこは正に阿鼻叫喚の世界だった。
「ブレイズッッ!毒だ、一旦引け!」
フレイは咄嗟に目を擦りながらハルバードを構え直そうとするブレイズへそう叫んでいた。
目算を謝った、対策が甘かった、情報が無さすぎたのだ。
毒があるとは分かっていたのにそれがどんな形なのか分からなかったのだ、それが伝説上の生き物であるから仕方ないと言えばそれまでだがこれ以上ここにいれば全滅も免れない。
薬や食料諸々も天幕に置いたままだがこの状況では回収も困難、フレイがバジリスクの気を引いている間にブレイズが馬車を回し皆を乗せてから街まで引き揚げるしかないとフレイは考えていた。
つまりは撤退だ。
「私がこいつを引き付けるっ!ブレイズ、馬車を回してこいっ、早くしろっ!」
「……ぐぅ、はぁはぁ、ちき、しょう……息が苦しいぃ」
ブレイズはフレイを一瞥すると意図することが分かったのか、ふらふらと覚束ない足取りで必死に天幕の方まで駆けていった。
「……はぁ……ふぅ……くそ、私にも毒が回ってきたか」
霞む視界を振り払うように頭を動かし、フレイは魔力機である自らの剣を台地へと突き立てた。
「っつぁあぁっ!」
刹那土の魔力を借りた剣からの波動が台地を割りながらバジリスクへと向かう。
土竜と呼ばれた由来でもあるフレイの特技、地面に潜る土竜を地表に誘き寄せる事も出来る事から昔は仲間内で『土竜追』等と技名を付けられた事もあったがそれをまさか伝説上の生き物に使うとは思ってもいなかった。
バジリスクはその地割れに素早く反応し一瞬宙を舞う。
フレイの攻撃は避けられた物の、気を引くことは出来たようだと安堵した。
(後はブレイズに…………っ!?)
ブレイズが戻った方へ一瞬目を向けるとそこには信じられない光景。
フレイは自分の目を疑った。
まさか、何故、と。
馬は荷車を外され、此方とは真逆の方向へと走り出したのだ。
それにどんな意図があると言うのか、荷車を捨てれば早く走れるだろう。それで助けを呼びに行ったのか、あの男に限ってそれはあり得ない。
奴は、ブレイズ=フォーは自分達を見捨てたのだった。
苦しむ男達、身の危険を感じ自分の可愛さ故の愚行。
そして再度の裏切り。
「……ごほっ、ゲホッ……はは、シン……私は、宿に帰れる、か?」
フレイは恐怖ではなく、毒による痺れで震える手に力を込めて剣を握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます