みどりの瞳 05
目を焼かれてしまうかと思うほどの光から解放され、光磨が見た場所は最初にここへ来たときのあの洞穴だった。
あの光に慣れた瞳は、あたりを真っ暗にする。
「音喜!鼓動!アン!いるか!」
「いるよ、コーマ」
鼓動の返事に、目が段々慣れていくとようやく彼らの姿が薄ぼんやりと見えてくる。そして、胸元の鈴が光を蛍のように明るくする。
「ろうそくの代わりになるんだね、それ」
どこか疲れたように鼓動はその場にしゃがみ込んだ。光磨がアンダンテの姿を捜すと、彼女は変わらず自分のとなりにちょこんと立っている。
「大丈夫か?ケガ、してないか?」
光磨が気遣わしげに聞くと、アンダンテは首を縦に振った。それを見て安心すると、今度は音喜の方へ振り向いた。
「なぁ、なんで……話さなかったんだよ。音喜」
ここがあの洞窟ならすぐにでも、ツカサたちは追ってくるだろう。それにしても、音喜に光磨は言いたかった。
「そんなこと話せる、わけないだろう?」
こちらの顔を見ずに音喜は俯く。光磨は彼がそのことを話さなかったのは、分かる。もし自分だったら素直に話せるか分からない。けど。
「それでも話してほしかった。俺たち、友達じゃあ、なかったのかよ」
「友達だからって、なんでもかんでも話せるわけないだろう!」
こちらを向いて叫ぶ音喜は泣いていた。光磨は初めて彼が泣くのを見た。歯を食いしばり、嗚咽を堪える音喜に、光磨はでもよっと続けた。
「でもさ、言って欲しかった。友達なんだから」
「友達、友達ってなんだよ!意味が分からないよ!だったら分かれよ!友達だから、友達だからこそ、言えなかったんだ。僕にとって光磨と鼓動は、大事な、友達だったんだ!」
音喜は強引に目元を袖で拭う。彼にとって森守一族であるということは、他人と一線を引くものであった。いつか死ねば全て消えてなくなる身として、それ相応の付き合いを強いられてきた。それは彼の父親や祖父の言いつけであり、心を守る術だった。祖父が彼を送り出したのはきっと、そんな想いからだったのだろう。人として同じように死ねるように。けれども、森守一族として森に愛された者として、村の人々が本来受けるべき罪を自分たちが代わりにしているのだという誇りを持つのだ。それは村では村長を除いた人たちは知らない事実。
だから、光磨と鼓動が知っているわけがない。だから、秘密にした。音喜は、一族が故に敬遠されているのに二人は変わらず、こうして友達と言ってくれるから。大切にしたかったのだ。
不器用な音喜が唯一、光磨と鼓動に言葉にこそ出さない本音だったのだ。
「音喜、前……向けよ」
光磨はぽりぽりと頬を掻きながら言うと、音喜は恐る恐る顔を上げた。
「本当のこと言って、俺は音喜を避けているか?ここに、いるだろう」
「コーマの言うとおりだよ!ボクら、友達、でしょう!」
「あちしも、いるぅ」
アンダンテが鼓動と光磨の間でうさぎのように、跳ねる。音喜はその様子を目をぱちくりさせながら眺めていた。
「あっ………」
音喜が光磨たちの顔を一つ一つしっかり見ていくのが分かった。音喜がそのようになったとしても、光磨たちは逃げたりはしない。友達を置いて言ってしまうことはしないと誓える。
「こう、ま……りず、む」
「へぇ、君たちがセリの言っていた人間?」
鳥の羽ばたきと共に舞い降りたのは、白い髪に瞳、その端々を青に染めた青年だった。きめ細かい肌は、闇夜の中怪しげに浮かび上がっている。
「僕は【ハギ】。よろしくね」
ハギと名乗った青年はその場で足を組んで浮遊する。
「神様!!あぁ、来て下さったのですか」
光磨たちの方へ駆け寄ってくる足音とツカサの声に、振り向くと他にも村人たち全員がそこに立っていた。
「うん、でもあと少しだったのに……残念、だったね」
「はい。神の意思に答えられず、申し訳ありません」
ツカサと父親は、その場で立て膝をつくと恭しく頭を垂れる。それは後ろにいた村人も同様だった。まるで宗教のようだ。
ツカサの持つ神楽鈴の立てる音が耳障りだった。
「さぁ、君たちはすぐにその娘を僕に、渡してくれないか?」
ハギは光磨たちの方へ手を差し出すが、光磨は吐き捨てた。
「冗談じゃねぇ!誰が渡すかよ!」
「だと思った。だから実力行使、だね」
ハギは差し出した手をそのまま顔の横に持ってくると、突如として彼の周りに矢が現れ、それが見る間に数十、数百と数を増やしていく。
「逃げることはできないよ。光磨くん、その子は神様が欲しがっている。渡すのが筋だ。それに君も死にたくはないだろう」
ツカサの後ろには村人たち、前にはハギがいる。どうしたら、この状況を打破できるのか、光磨にはたった一つしか思い浮かばなかった。
「《舞い………》」
「何度も使えるとでも思ってる?」
光磨の視界がぐらりと歪み、体が傾ぐ。誰かの叫び声が聞こえるものの、それすらも遠い。
「そう何度も使えるわけがない。さぁ、これで終わり、だよね」
ハギは誰かに問うように、光磨たちに標準を定める。
視界がぐらつく光磨を音喜が支えると、前を見据えた。
「誰かを、犠牲にしても、ツカサは人になりたいのか?」
「なりたいよ……僕は、森に愛されたいって願ったわけじゃない」
ツカサは同じ瞳の君なら分かるだろうと、自嘲気味に笑う。
「君だって、そうじゃないの?音喜」
底冷えするほどの顔で、ハギは音喜に問う。
「ツカサの気持ちは分かる、けど……僕は、森守一族であることを誇りに思う!」
音喜は胸を張って答える。彼も確かに人と違うことで悩んだ日もあった。けど、光磨と鼓動に出会った。家族以外で見つけた自分の存在理由は決して、誰かに笑われても守らなくてはならないものだ。
「たとえ俺が何であっても友達でいてくれる鼓動や光磨が、そしてアンがいる。だから、僕はこのまま生きていく!」
否定されても、否定しないでいてくれる友達がいてくれるのならば、音喜は大丈夫だと胸を張って行くことができる。
「だったら、死ねば?」
とんだ茶番だとばかりにハギは、光磨たちめがけて矢を放つ。それはまさに雨のようだった。
「神様?」
第一発目の矢を音喜は光磨とアンダンテを胸の内で庇い、ハギに背を向けることがで助けようと身構えた。
しかし、その矢は一切自分たちのところに当たることはなく、それは素通りして後ろにいたツカサやその父親と村人たちに当たったのだ。
「あーごめん、間違えた」
それを施した張本人であるハギは一切悪びれることなく、平然と場違いな声を出した。笛が鳴るような音がして駆け抜けた先、矢は彼らの胸や足、頭に次々に命中させた。それ故に終わったあとに、無傷なのはツカサと村人数名だけだった。
「あっ、あぁ……きゃああああっ!!」
洗脳から溶けた村人たちが、短い悲鳴を上げる。他の人たちも、我に返ったように地面でくぐもった声を上げた。
「なん、で……」
烟る視界の中、光磨は呻いた。
「だって言ったじゃん、まちがえたーって。今度は外さないよ?」
親しい友人に話すように、ハギは手を合わせる。それで光磨は分かってしまった。彼にツカサたち村人を殺したという罪悪感はないのだ。あるのは本当に些細なことで失敗してしまった、自分への悪態。それだけだ。
「なぜです……なぜ、僕はあなたの言ったとおりにしたのに!どうして、選ばれた者なのに、どうして!!」
ツカサの足元には、無数の矢に射貫かれた父親が倒れていた。どうして、どうして、とどこにも届くことはない叫びを彼は繰り返す。
「だってもう用済みだし、一緒に死んでよ?」
無慈悲にハギはツカサに宣告する。光磨はようやく起き上がれるようになった身を起こし、ツカサへと手を伸ばそうとした。けれどもそれよりも先に、早く音喜の背中が見えた。
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