花咲く都の路ゆけば(その二)



 早い時間から多種多様な人で賑わう店内を案内され、通された席は四人がけのテーブル席だった。


 椅子に荷物をおいていると、なにかふさふさしたものが視界の端に入ってきたので、視線をあげてみると、狼の顔と尻尾を持つ種族ヴェールヴの二人組が隣の席で、いかにも美味しそうにお菓子を頬張っているところだった。

 ヴェールヴ特有の狼の顔つきは他の種族にとってはいかつく見え、ときに恐ろしい印象を与えるが、今メルたちの隣の席で菓子を食べているヴェールヴたちの表情は緩みきっていて、尻尾までぱたぱた動かしている。彼らヴェールヴは種族全体がそうだ、といっていいほど皆が甘いものを愛しているのだ。

 彼らが美味しそうに笑って菓子を食べているのを見て、メルも何か甘いものが食べたくなってきてしまう。午前中のお茶の時間だし、甘いもののひとつやふたつぐらいいいだろう。……プリムローズのおかみさんにまたコルセットの締め方をちょっと強くしてもらうのも忘れないほうが良いだろうが。

「ね、ねぇ、お茶の他に甘いものも注文していいかな」

「……私も注文していいかしら」

「お前たちなぁ」

「良いじゃない、ユイハも食べたいでしょう?」

 そう言ってメルがちらっと隣の席を見ると、今まさにチョコレートのケーキを口に運ぼうとしていたヴェールヴの男性と目が合った。お互い軽く微笑み合って会釈をする。やはりヴェールヴは甘いものを食べているときだけは、狼種族ではなく、かわいらしい仔犬の種族に変化しているのではないかと思わされる。もしくは、甘いものには世の中を平和にする力があるか、だ。

「わかったよ、僕も注文するよ」

「ふふ、何にしようか」

「スコーンもいいわよね、あ、今日はローズジャムが入ってるんだって」

「ローズジャム、かぁ……」

 ローズジャムに心惹かれないでもないが、今現在まさに隣でにこにこふさふさぱたぱたもぐもぐと美味しそうにチョコレートのケーキを食べられていると、口はすっかりチョコレートの味を欲している状態だ。だからなるべくチョコレート系にしたかった。

「私は……そうだなぁ、ガトーショコラにする」

「じゃあ私も同じのにするわ」

「それじゃ、僕はエクレアにするかな」



「すみませーん、注文おねがいします」


 ユイハが軽く手をあげて、近くにいた女性の店員を呼ぶ。

 遠目で見てもそうではないかと思っていたが、女性の腕や顔には魔法文字が書かれている。いや、書かれているというのは正確ではないだろう。彼女は生まれつき魔法文字が身体に浮かび上がっている種族エアルトなのだろうから。

 エアルトは風神や雷女神などに仕える神官以外には、自分たちだけの集落にこもっていてあまり街で姿を見かけることも少ないのだが、こうして外の街でごく普通の仕事をしているエアルトも居ないではない。

「ローズと紅茶ブレンドのお茶、ハイビスカスとローズヒップブレンドのお茶、それとジャスミンと緑茶ブレンドのお茶ね」

「は、はい……ちゃんと覚えました」

「で、お菓子がガトーショコラ2つとエクレア、以上で」

「えっと……注文承りました。し、少々お待ち下さい」


「大丈夫かなぁ……彼女」

 あまりにも不慣れそうなエアルトの給仕の注文の取り方をみて、思わずメルがつぶやく。

「大丈夫じゃない? エアルトってたいていは頭いいもの」

「まぁ問題はそのたいてい、から外れてたときなんだが、というかそのたいてい、から外れているから、街で給仕の仕事とかしてるのかもしれないだろ」


 しばらくおしゃべりをしていると、無事に注文の品をエアルトの給仕が運んできてくれた。ユウハが言うとおり頭の良さ、というか記憶力はちゃんとしているようだ。一安心である。


 運ばれてきたお茶とお菓子をいただきながら、スケッチブックと布の小片がノートに貼られた布見本帳を取り出して、ウサギのぬいぐるみたちの服をどんなものにするか、ユウハときゃあきゃあと話し合う。

「でね、女の子の方のスカートは短めにして、裾をこんなふうな花びらみたいな形がいいんじゃないかなって、シャイト先生はスカラップスカートって言ってた。ちょうどホタテ貝みたく丸い形だからそう呼ぶんだって」

 そう言ってメルがスカートの形をささっとスケッチブックに描く。

「かわいいわね! ねぇねぇメル、じゃあね、男の子の方のジャケットの裾部分もその、スカラップにできないかしら」

「あぁ、いいねそれ! そのほうがおそろい感みたいなのが出るし」

「色はどうしようかしら、春ぽい色がいいのよね……ピンクと水色とか……あぁ、でもその組み合わせは前に作ってもらったし……」

 うーん、と首を捻りながら布見本帳をめくるユウハ。

「それなら両方若葉色で揃えるのはどうかな。その見本帳にはまだ入れてなかったけれど、つい最近シャイト先生が素敵な若葉色の生地を仕入れてたんだ」

「若葉色か、良いわね。じゃあそれでお願いしちゃえる?」

「あれ、現物見なくていいの? 店に戻れば見れるけど……」

「メルのセンスが“素敵”と言っているなら、私は全面的に信頼する構えだわ」

 親友にまっすぐな信頼と信頼の言葉を向けられて、メルはちょっと照れくさくなった。

「そ、そんなに、信頼されたら、プレッシャーを通り越してなんだか恥ずかしいのだけど……」

「でもさ、本当にメルはセンス良いよね。というか良くなったよね」

 それまで口を挟まずぼんやりとお茶を飲んだり二人の会話を聞いたりしていたユイハまでもが参戦した。

「騎士学院にいたときは、まったく身なりに構わない感じで、髪の毛も切りっぱなしでちゃんと櫛通してるかも怪しくて、服なんか防御効果か動きやすさ重視だったし。そのメルが今はこうしてドールドレス職人……の見習いなんだもんなぁ。なんかドールドレス作り始めてから、妙におしゃれになっちゃったし、今じゃコルセットまでしてるみたいだし」

「うふふ、昔の髪の短いメルも好きだけど、髪の長いメルも大好き……ってユイハが言って」

「言ってない。思ってたとしてもユウハ、お前の前で言わない」

「あらあら、素直じゃないのね、ユイハお兄様?」

「えーと、なんかすごいけなされたような褒められたような気がするんだけど」




 ユウハのぬいぐるみの服のデザイン話し合いが一区切りついたので、混み合ってきた喫茶店を出て商業区のあちこちの店を冷やかしたり、屋台でご飯を食べたりしていると、もう夕暮れが近くなってしまっていた。

「ユウハ、そろそろ学院寮に戻らないと夕食に間に合わないよ」

「そうねユイハ、じゃあ、茉莉花堂まで送っていくわメル」


「うん、お言葉に甘えるね」



 そうして三人はメルを真ん中に並んで、花咲く都の道をゆくのだった。


 ……いや、そのメルの後ろには、誰にも見えない、白い人物がくっついて歩いているのだが……。




 茉莉花堂に戻り、自分の部屋で外出用の服から部屋着に着替えていると、出かけたときからずっと黙っていた白がようやく口を開いた。

「メル、今日は楽しかった?」

 部屋着のボタンをとめながら、メルは白の言葉に応える。

「そうね、ケーキもお茶も美味しかったし」

「あの新規開拓したお店で見つけたリボン、メルに似合いそうだったよね」

「そうだね、また今度行く? ……今度は、私と白、二人で」

「そうだね、また今度行こうね。今度はメルと僕の、デート」


 そうつぶやいて、ベッドのお布団でごろごろしている白は、とても幸せそうな表情をしていた。

 そんな白を見ていると、メルもとても幸せな気持ちになるのだった。



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