めぐりゆく一日(その二)
「こんにちは、メル」
「こんにちは、メル。今は時間あるかしら?」
「ユイハ、ユウハ、こんにちは! 今は……というか今日のところはお客さんも居ないし、大丈夫だよ」
お昼ご飯を食べてしばらくして、そろそろお茶の時間も近づいてきたころ、茉莉花堂に来客があった。
正確には、茉莉花堂にではなくメル個人への来客であると言うべきかもしれない。ユイハとユウハはメルの騎士学院時代からの友人なのだ。
ユイハ・ミュラータとユウハ・ミュラータはすがたのとてもよく似た、男女の双子だ。
兄のユイハは肩につかない短めの黒髪に、ブルーグレーの瞳。腰には刀と呼ばれる極東列島風のすこし湾曲した剣を下げている。
妹のユウハも同じブルーグレーの瞳だ。ただこちらは真っ直ぐな黒髪を腰のあたりまで伸ばしている。腰にはやはり極東列島風のこしらえの短剣。
「とりあえずそこに座ってていいよ。すぐにお茶用意するね」
「悪いね」
「お言葉に甘えちゃうわね」
「今日は宝石ベリーのタルトを作ったから、ちょうどよかった。新鮮なベリーを載せたタルトだからあまり日持ちがしないし」
「あら、いい日に来れたわね。ユイハ兄さん」
「そうだねユウハ」
メルがお茶と宝石ベリーのタルトをお盆に載せて戻ってくると、兄のユイハは商談用に使っているテーブルの前に着席して足をぶらぶらさせており、妹のユウハは大きな方の窓際にあるディスプレイを、鼻の先がくっつくんじゃないかというぐらいの距離で熱心に眺めていた。
「ユウハ、メルが戻ってきたよ」
「わかってるわよユイハ兄さん。でも本当に可愛いんだもの。ねぇねぇ、今日のこの子たちもメルがお洋服選んだんでしょ?」
メルは商談用テーブルに丁寧にお盆を置いてから、ユウハがいる窓際までのんびり移動しながら応える。
「うん、今日も私がコーディネートしたんだよ。この帽子も、靴も、ワンピースドレスも、どのアイテムも一点一点本当に素敵だからきせかえのやり甲斐があって楽しいよ。まぁ、これもお仕事なんだけどね」
「……靴とかはともかく、このドレスを作ったのが、あの偏屈変人のシャイトさんってのが信じられないわよね。本人はいっつも代わり映えのしない白のシャツに黒のズボンで、色のセンスなんてまるで感じられないのに――」
「うん、シャイト先生は、本当にすごいよ。私も早くあんな風にお針を動かせるようになりたいな」
「メルってば……もう、そんなまっすぐなメルが、私は好き! かわいい!」
そう言って、ユウハはメルに抱きついてくる。二人の身長はだいたい同じぐらいなので、顔の位置もとても近くて、唇同士も本当にわずかの距離しか隙間がない。間近で見ると、ユウハは肌がとてもすべすべしてやわらかそうに肌理がととのっていて、ブルーグレーの瞳もうるうるしていて、まつげがながくてくるんと上をむいていて、それこそお人形さんのようで、そんなユウハのほうがかわいいといつもメルは思うのだ。
「あら……? メル。またお胸が成長したの?」
「そ、そうなの、かな……そういえば最近は下着がちょっときつくなってきたような気がするけど……」
「じゃあ今度買いに行きましょうよ。素敵なお店見つけたのよ」
「そうだね、そうしようか。……ところでユウハ、なんでさっきから、ずっと私の胸から手を離してくれないのかな?」
ユウハは抱きついたまま、両の手指でずっとメルの胸をふにふにふにふにしている。そろそろメルもいい加減に恥ずかしいぐらいだ。
「それはね、私がかわいいメルのこと大好きだからお胸からも手を離したくないのよ。……ダメかしら?」
「えっと――」
「おバカ妹とおバカメル。すごい目の保養させてもらってるけど、続けるにしても、せめてそこの大きい窓際は離れるんだね。さっきから通行人がじろじろ見てるから」
「えっ……」
「あらあら」
冷ややかなユイハの声に、窓の外を見てみると……たしかに、通行人が何人か足を止めてこちらをはっきりと見ていたのだった。
そんな一騒動のあと、三人はテーブルですっかり冷めてしまったお茶と宝石ベリーのタルトを味わっていた。
「うん。メルは随分お料理上手になったよね」
「そうよね。このタルトの中のカスタードクリーム、私にはちょうどいい甘さでとても美味しいわ」
「ありがとねふたりとも。茉莉花堂がオープンしてから毎日いろいろつくってたしね。それなりに上達もするよ。まぁ、肝心のドール服作りはの腕はまだまだなんだけどね」
「あ、ユウハ、今日の用件。まだ全然済ませてない」
「そうだったわ……ついつい、メルが可愛くてお胸が柔らかくて、あとタルトも美味しくて……」
そう言いながら、ユウハは持参の大きな手提げカバンを膝の上にのせて、上にかけてあった布を取り外す。
「この子達のお洋服、またメルにお願いしたくてね」
ちょこんとカバンから顔を覗かせているのは、二匹の兎のぬいぐるみ。ユイハがずっと昔からとても大事にしている子たちだ。
白い兎が男の子。ピンクのうさぎが女の子。どちらにも名前はつけてあるらしいのだが、ユウハがいつも「内緒」とごまかしてしまっているので、メルはいまだにこの二匹の名前を知らないでいる。
「メル、この子達のお洋服、作ってもらえるかしら」
「うん! ユウハのお願いだもん、もちろん引き受けるよ。あ、でも材料費とかはもらうけどそこは大丈夫かな」
「それは払うけど、材料費以外のお代金は払わなくていいの?」
ユウハの気遣いに、メルは苦笑いをしながら首をふる。
「私まだ、お店に出せるものが作れないからちゃんとしたお代金なんて貰えないもの。それに、友達のユウハから材料費以外もらう気も最初からないし――」
その言葉に反論したのは、空っぽのティーカップを弄んでいたユイハだった。
「メルあのね、いつも言ってることだけど友達だからこそ、こういうことはちゃんとしなきゃダメなんだよ」
「ユイハ」
「……まぁ、材料費ぶんだけでもちゃんと貰ってくれるだけ、前よりはマシか。ちゃんとお店に出せるものが作れる一人前になったら、手間賃も受け取ってくれよ?」
「……うん。一人前になれたら、手間賃とかデザイン料とかもいただくね」
「そうだね、ユウハからたっぷりしぼりとってやるといいよ」
「うん!」
「ちょっとユイハ兄さん! メル! 私のお財布が将来的にとっても危険に晒される予感しか無いのだけど!」
「大丈夫だよユウハ、ちゃんとおまけしといてあげるから、ね?」
メルはくるくるの金髪をゆらし、ユウハの瞳を覗き込むようにちょっとだけ首をかしげながら微笑みかける。
「くっ…………そんな風に、そんな風にメルに微笑まれたら、私は財布ごと置いていくしか……っ……いえ、それならそれで、もういっそのこと体で支払いをすれば」
――刹那。どすっという鈍い音。
付き合いの長いメルには何の音かすぐにわかった、それは、ユイハがユウハのお腹を刀の柄で殴った音だった。
「……そこまでね、ユウハ。久々のメルタイムだからって暴走と妄想がすぎる」
「……っ……」
「ユウハ、大丈夫……?」
ユイハはうずくまるユウハを引っ張って、茉莉花堂の出入り口ドアまでさっさと歩いていってしまう。
「まぁ、頑丈さだけが取り柄の妹だから大丈夫だよ。じゃ、メル、この子達のお洋服の依頼については、また後日今度は外にお出かけして話そうか。人目があるほうがこのバカ妹も暴走せずにすむだろうし。今度の定休日空いてるよね、迎えに来るから。それじゃあ、お茶とタルトごちそうさま。とても美味しかったよ」
「……う、うん……えっと、じゃあまたね?」
「またね、メル」
「おい。妙に賑やかだったが、客でも来てたのか?」
シャイトがカウンターの奥にあるカーテンをめくって顔を覗かせた。
作業に集中しているときのシャイトはほとんど周りのことを気にすることもないのだが、さすがに賑やかすぎたようだ。
「うん、ユイハとユウハだけどね」
「あのそっくり双子か。そっくり双子すぎて未だに俺にはどっちがどっちだか分からん」
「シャイト先生ってば、人の顔と名前覚えるのを面倒臭がってるだけでしょう」
テーブルの上のティーカップと菓子皿を片付けながらのメルの背中に、シャイトはこう言葉をかける。
「――いや、あれはそっくりだよ。外見だけじゃない、中身もだ。まるで――……いや、まぁ俺は興味がないからどうでもいいが」
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