クオリアは、なにを視た?

作者 かるぼなーらうどん

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★★★ Excellent!!!

とても幸福な物語だ。
余韻に儚さが残るが、作中にあるのは優しさだけだった。

人間が作ったから機械もこんなエラーを吐いてしまうのかな。
そもそも人間の抱く殆どの思いさえもがエラーなのかな。
思い出を共有すれば機械も生物も差異がないのかな。
そんな事を考えさせられた。

★★★ Excellent!!!

ストーリー自体はいわゆる王道のお手伝い型ロボットのお話。その王道の本筋からはみ出さないストーリーだからこそ、その綺麗さが全面ににじみ出ていました。
現実の人工知能も脳構造を模したニューラルネット型コンピューティングが大はやりしてる近年。コンピュータが感情を得られるかどうかには大きな議論がありますが、どうにかその可能性を夢見たくなるお話でした。

★★★ Excellent!!!

ロボットという語は、チェコの国民的作家カレル・チャペックがSF戯曲「R.U.R.」において初めて用いたのが、語源だとされていて、以来、ロボットは数多くのSF作品において描かれてきましたが、その描かれ方は様々でした。

先述の「R.U.R.」や「ターミネーター」のような作品において、彼らは人類に対して反旗を翻し、心無い兵器として殺戮の限りを尽くしました。
一方で、「ドラえもん」や「プラスティック・メモリーズ」のような作品では、彼らは人間的な心を持ち、人類とともに生きるパートナーとして描かれました。

そして、このようなロボットをテーマにした作品の中で何度も問われてきたのが、「ロボットは心を持つことができるか?」ということでした。

この「クオリアは、なにを視た?」もまた、「ロボットは心を持つことができるか?」をテーマにした作品の一つです。

この作品は、クオリア・マレットという、一人の家庭用ロボットの生涯を描いた物語で、
短編ではありますが、彼女の人生のすべてが描かれています。

まだ幼かった人間のご主人様と共に、庭の木に二人の名を刻んだ春の午後……
熱にうなされて眠れないご主人様のためにピアノを弾いた嵐の夜……
湖の白鳥に心を奪われるご主人様とボートに乗った夏の日……

彼女にとって、これらの思い出は甘美で温かな記憶であり、作中のその描写からは、クオリアという一人のロボットが、ご主人様を「愛し」、「幸せ」を感じていた、「心」のあるロボットであったことを伺い知ることが出来ます。
この作品が示している可能性の一つは、ロボットがプログラムに従って動くだけの機械人形ではないということを証明しているかのようでした。

しかし、この作品で暗示されるもう一つの可能性は、あまりにも残酷です。
ロボットの「愛」や「幸せ」や「心」は、単なるエラーであり、クオリアは異常をきたした機械人形に過ぎ… 続きを読む