File047. 牢獄の天女
白く巨大で美しい謎の生物が、助けを求めている。
リュシアスにわかるのはそれだけだった。
――孵化器がエラーを起こし、勝手に起動して私が生まれました。十年前のことです。ずっと一人でこの狭く暗い場所に閉じ込められています。助けていただけないでしょうか?
「……どうやって?」
リュシアスがようやく絞り出した言葉。
それを聞いた“
――孵化器の中にあるコンソールを操作して起動プログラム上のエラー箇所を特定し、修正して再起動をかけてください。
「なんだって?」
――孵化したにもかかわらず、私の身体からインターロックケーブルが外れないのです。それが私の行動を制限し、自由に活動することができません。気圧によってこの大きさの空洞を作るのが精一杯でした。
巨体の陰に隠れていた十メートル四方の黒い箱に近づくリュシアス。
箱から伸びる一本の細いケーブルが、竜の白い身体の下に消えている。
足元でダブドがため息を吐いた。
「あー リュシアスさん。あー せっかく来てもらったが これはワシらの手に負えん の」
――お待ちくださいっ。この光さえない牢獄に
「黙ってろ」
か細い声を
三十キロを超える鋼鉄製の刃が、空気を唸らせ振り下ろされた。
――無駄です。ナノカーボン繊維のケーブルは私の爪でも――。
バシッ
スパーク音と閃光が放たれ、跳ねて転がったケーブルが見事な切り口を見せた。
――そんな、まさか……
戦斧を手にしたまま無言でたたずむリュシアス。
ドワーフ族は武器を持たせれば地上最強の種族と言われている。
その頂点を極めた男が見せた奇跡に、純白の竜は言葉を失っているようだった。
静寂の中で、竜の巨体が白い光に包まれた。
そして消えた竜に替わり現れる全裸の白い女。
輝く雪色の長髪は腰まで流れ、曲線を描く白い肌はなめらかで、その姿はヒューマン族の女に見えた。
女の声は耳元で聞こえていた声と同じだ。
「ありがとうございます、屈強な戦士様。私は名をビャッコと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……美しい」
思わず口走った自分の言葉にハッとするリュシアス。
赤面しつつも、その視線は女に釘付けだった。
「あ、う、いや……リュシアスだ」
逸れドワーフとなったリュシアスが、女をまともに見るのは九十一年振りのことである。
そして彼は、続く女の言葉に耳を疑った。
「リュシアス様。あなたのために何でもいたしましょう。お望みであれば、あなたを世界を
ビャッコの真面目な顔に、嘘や打算の色は見えない。
自由になった彼女の顔は晴れやかだった。
「あー ビャッコさん。ビャッコさんは一体何者――」
「世界などいらん。願わくば……おまえが欲しい」
自分の
ヒューマン族であれば老人にしか見えないドワーフ族の男が、慌てて女から視線をそらすところだった。
銀色の髪とひげの間に見える顔が真っ赤だ。
(あー これは一目惚れ じゃな)
女が胸に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
「喜んであなたのものになりましょう」
ダブドしか知らない、地下での出来事だった。
***
リュシアスの目の前に、ビャッコの端正な顔があった。
初めて出会ったときから変わらない、理知的で神秘的な
上空五千メートルに浮かぶ金属板の上にいるのは二人だけだ。
「降下兵一五〇六に対し、敵の地上兵は四十八。魔法を操る種族とはいえ、エルフ族がその族長を守り切ることは不可能と予測します。族長のエステル様は、あなたの旧友とお聞きしておりますが――」
表情を厳しくするリュシアス。
「俺は、何よりもドワーフ族が大切だ。逸れドワーフとなったのもそのためなのだ。だが、エステルたちと過ごしたあの世界を救うための旅もまた……俺の人生にとって……」
「命じてください、リュシアス。あなたをドワーフの族長にすることを」
ビャッコの目は真剣だった。
「私が今すぐにでもあなたを――あっ」
リュシアスが右のこぶしでビャッコの頭を小突いていた。
銀色のひげが盛り上がり、微笑んでいることがわかる。
「族長になりたければ、自分の力でなっているさ。俺の望みはそういうことではない。……ついて来い、ビャッコ」
「はい」
金属板から飛び降りるリュシアスとビャッコ。
再びリュシアスの耳元で声がした。
――このまま戦闘に加わるのであれば、報告しておくことがあります。
何だ? と答えようとして、わずかに吐いた息は上空に置き去りにされた。
――出発前に申し上げたとおり、地上には竜が二体おります。
「…………」
無言のままのリュシアス。
視界に広がる地上が、猛スピードで迫ってくるのを見つめていた。
***
ビャッコが操る風の力で地上に軟着陸したドワーフの強襲部隊。
その数、およそ千五百。
その中の三百人ほどがそれぞれ
着地と同時に放たれた
森に身を潜めているであろうエルフ族をあぶり出すためだった。
ほぼ一瞬で出来上がる直径百メートルの荒野。
続けてその直径を広げようと動く
その動きが止まった。
円状に形成された荒野のすぐ外側にエルフ族の簡易宿舎があり、その前に巫女装束のゲンブが立っていた。
「止まったか?」
「はい」
横に立つエステルの言葉に答えるゲンブ。
「よし、やれ」
「はい」
エステルの指示と同時に荒れ地周辺の地面が盛り上がり、即席の岩壁が高さ二十メートルに達する。
エステルがカイリとの戦闘中に見た岩壁は一直線だったが、今回は荒れ地とそこにいるドワーフ軍を囲む円形の壁だった。
その内側では、
地上最強の戦士と言われるドワーフたちが、ゲンブによって完全に無力化されていた。
岩壁の上に、弓を構えた無言のエルフたちが姿を見せる。
彼らの多くは箱発掘の作業員だが、狩猟を生活の一部にしているエルフ族の弓の腕は一流であり、そのことはドワーフたちも知っていた。
遅れて壁の上に現れるエステルとゲンブ。
そこに何かが飛来し、間一髪で避けたエステルの髪紐が
頬に赤いスジが走り、血が垂れた。
高速で回転しながら飛んできた重さ二十キロの両刃斧が風圧で作った傷だ。
避けるのが遅ければ首から上が消えていただろう。
「くそォ、エステルゥ。なんだこれはァ、卑怯だぞォ」
「正々堂々と勝負しやがれェ」
低い声と高い声。
声がした先に、斧を投げたレブリオスの姿があった。
その左肩にはタオスの小さい頭がのっている。
頬に触れた白い
(両足を動かせない体勢で、よくこれだけ正確な
エステルの脳裏に、かつて一緒に旅をした銀髪ドワーフの姿が浮かんだ。
旅の間中、
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