神出鬼没の商店街 Extra

 ボクは、自分の蔵書を眺める時間が好きだ。



 ボクの人生をかけて集めた蔵書。域神の一族が集めた有らん限りの稀少な奇書の数々。



 それ等は最早手に取る必要がなく、それとして存在しているだけで価値があった。




 域神書店はボクの書庫で、ボク武器庫で、ボクの秘密基地で、ボクの全てだ。



 此処の為なら、なんだってした。なんだってしてみせた。




 ボクの能力は、この本棚から好きな本を自由に取り出す事が出来る。ただそれだけ。トイレの中だろうと、シャワー中だろうと、南国のビーチで佇んでいようと、ボクには関係ない。この書庫に収められた本は全てボクのモノで、だから何処に居ても必ず取り出せる。



 ボクがこの書店に設けたルールは一つ。欲しい本を一取ったのなら、自分の本を一つ此処に入れる。そうして本を集め、ボクの手を離れた本を、ボクの能力で集める。



 大体は手に入れた本を失くしたと困り果て、ボクはそれを慰めるだけでいいのだけれど、稀に勘の良い人間がボクの能力に気付く。


 だから、死んでいく。ボクに殺される。または、この商店街に喧嘩を売って、殺される。そうやって上手に周ってきた。ボクの人生とボクの書庫は、そうやって上手に周ってきた。




 それなのに。



「こんにちはー!」


 またあの女がやって来た。恐ろしい女がやって来た。



 二度と来るなと怒鳴りつけても、その女を止める事は出来やしない。


「や、やあ、逆廻真凛」


「こんにちは、歪さん」


 可逆の逆廻。この国に燦然と実績を残す名家の出来そこないは、制服姿。学校帰りに書店に寄るのと同じテンションで、ボクの元にやって来る。スマートフォンを片手で弄りながら、気軽なテンションで。



 ボクを奪いにやって来る。



「きょ、今日はなんの用だい?」



 分かってはいる。分かってはいるけれど、ボクは尋ねる。



「なにって、本を貰いに来たんですよー! 私、弱いから……だから、歪さんみたいに、戦闘用の本を持っていれば、少しは皆の役にたちますし……それに護身用も兼ねて! です!」


 溌剌と発言し、目を輝かせボクの本棚を眺める逆廻真凛。


「ああ……それならオススメの――」


「あ! 私、欲しい本あるんですよ! ほら、私が此処に初めて来た時に歪さんが使ってたやつ! あの、蔓みたいな化け物が出て来るやつ!」


 逆廻真凛が言っているのは、人造悪魔の召喚書。悪魔製造期を終え、有限となった悪魔を人工的に作り上げた稀代の名作。ボクの蔵書の中でも、飛び切り代物。


「あ、あれは……その……」


「あ、これだ。あったあった!」


 血の気が引いていくのが分かる。逆廻真凛は、ボクの本棚から本を抜き出すと、笑顔でボクの前までやって来る。


「はい、これ面白いから読んで下さいね!」


 ボクのとっておきと引き換えに逆廻真凛が差し出したのは、トートバック。中を見ると、少女漫画の単行本が十冊程入っている。同一のタイトルの、恐らく完結まで。


「私沢山読んだので、今日はこれをあげます! 歪さんにオススメです!」


 ボクは引き攣った顔でそれを受け取る。逆廻真凛は笑顔でそれを手渡す。


 これからどれ程長く続くか分からない恐喝は、あの日以来既に二度目。


「それじゃあ、私は帰りますね」


「あ、逆廻真凛……その、綾魅には言ってないだろうな?」


「言ってないって、なにをですか?」


 あの日、ボクは逆廻真凛を人質に取った。しかし、逆廻真凛もまた、人質をとっていた。いや、正に字の通りだ。


 

 ボクは、言質を取られた。



「その……ボクの言った……」


「ん? なんですか? なにかありましたっけ?」


 嫌な女だ。逆廻真凛は、ボクを揶揄う様に惚けたふりをしてみせる。

 毎回そうだ。ボクが確認する度にこの返答。前回同様、ボクは陰湿ないじめに遭う。


「……ちゃん」


「はい?」


「舞ちゃんの事を……舞ちゃんって呼んでる事……」


「それ重複してません?」


「いいから! 言ってないんだろうな!?」




 聞いただけで顔から火が噴き出そうだ。




 幼少の頃に染みついたその呼び名を、口にしてしまわない様細心の注意を払う。

 ボクのプライドはそれを口にする事を許さず、ましてや誰かに聞かれるなど、死んでしまう方がマシだ。


 

 ましてや、綾魅の耳に届くなど、ボクの想像し得る最も苛烈な拷問だ。


 逆廻真凛はそれを聞いてしまった。間抜けなボクの唯一のミス。幾ら後悔しても帰ってこない、一言。



 それを聞いた逆廻真凛は、僕との勝負、その席にチップとしてそれを賭けた。

 ボクは、勝負を許されない。降参する事しか出来なかった。彼女の手札は常にロイヤルストレートフラツシュ、最強の手役が常に揃っている。その言質一つで、ボクはこの商店街での自由を奪われた。



 もうボクは自由に本を集める事は出来ない。今までの様な無茶は出来ない。他の誰かが尻拭いをしてくれた、自由な時間は終わってしまった。


 それどころか、それを引き合いに、集られている。逆廻真凛は、ボクを奪っていく。


「言っていませんよ。約束ですもんね。商店街の皆さんには秘密です。ね?」


 真っすぐに見える真っ黒な笑みを浮かべて、逆廻真凛は言う。


「ああ、良かった……」


 ボクにとっては一大事。必死に縋るけれど、逆廻真凛は相変わらずスマートフォンを片手で弄っている。ボクと逆廻真凛にとって、事の重要度が大きく違うのだ。



 しかし、それも今日までだ。これで終わりだ。遂にそれを手にしてくれた。



 一度目の恐喝では持っていかれなかった。二度目にして早くもそれに手をかけてくれた。事故に見せかけるのに最適だ。


 ボクの秘密は、逆廻真凛を殺してしまえば守られる。簡単な話だ。それだけで、またボクの平穏が戻って来る。


 この小娘を殺すのは簡単だ。簡単で難関だ。

 ただ命を奪うだけではだめ。ボクに繋がらない様にしなければいけない。ボクが殺すのも、殺害を依頼するのも、いずれはボクに繋がる。



 だから、逆廻真凛には一人で死んで貰わなければならない。



 逆廻真凛が今回持って帰る人造悪魔の召喚書。

 召喚書は、持ち主を選ぶ。表紙に描かれた悪魔。その大きく開いた口に血を与えねば、持ち主と認められない。今の持ち主はボクだ。



 ボク以外があの本を開けば、悪魔に喰われる。



 こうして、逆廻真凛は不幸な事故によって命を絶つ。護身用にと手に入れた本の暴走で、この世を去る。



 逆廻真凛を見送って、ほくそ笑む。あと少しで、ボクは解放される。


「あ、そういえば歪さん。一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


 階段に足をかけたところで、逆廻真凛が振り返る。


「舞ちゃん呼び、周りに知られるの本当に嫌なんですよね。私の事解放したくらいだし、綾魅さんにごめんなさいまでしましたし」


「ごめんなさいはしていないだろう。でもまあそうだな。嫌だね。絶対に知られたくないね」


「それなら、私の事殺してしまえばいいじゃないですか?」


 一瞬だけ鼓動が早まる。平静を保ちながら、とんでもない事を口走る。そのギャップに、刹那焦燥。


「馬鹿言うな。キミはボクを殺人快楽者かなにかと勘違いしていないか? ボクは本が欲しいだけで、別に皆を困らせたい訳じゃない。結果そうなってしまっているだけで、望んでいる訳ではない。それはキミを人質に取った事もそうだ。口ではああ言ったが、綾魅を抑止して舞ちゃんを焚きつける為だけだ。殺す気なんて毛頭ないさ」


「本当ですか?」


「キミや鎖子を殺して戸破家と揉めるのは勘弁だ。ボクもそこまで馬鹿じゃない。最強蒐集家コレクターの戸破さんと事を構える人間は、この世には居ないよ」


「ふうん。そうなんですね」


 ボクは出来る限り冷静に返答した。決して言葉を間違えないように。


「ま、どうでもいいんですけどね。



「はい、これ」


 逆廻真凛は、そう言ってスマートフォンの画面をボクに向ける。画面は、音声録音アプリ。


 その真ん中、音声ファイルの再生ボタンに触れる。


『舞ちゃんの事を……舞ちゃんって呼んでる事……』


『それ重複してません?』


『いいから! 言ってないんだろうな!?』


 先程の会話が、再生された。


「それ……」


「一回目に此処に来て歪さんをいじめた時も録音してたんですよ。勿論、今もです。私が殺されても、歪さんに最後嫌がらせ出来る様に」


 ボクの抹殺対象が増える。けれど、大した問題ではない。ただ、そのスマートフォンも破壊すればいいだけ。データを消去すればいいだけの――


「ファイルは毎回お兄ちゃんに送信しています。私になにかあったら、商店街の皆に聞かせてね、って。でも、僕が守るから平気だって毎回言われちゃうんですけどね」


 秘密だって。それは、二人の秘密だって。


「それは秘密だって言ったじゃないか」


「秘密ですよ。商店街の皆さんには、言ってません」


 多分ボクは酷い表情をしているのだと思う。対して、逆廻真凛はボクを階段の上から見下ろして、微笑む。


「……その本を開く前に、表紙の悪魔に自分の血を飲ませろ。じゃないと殺される」


「そんなルールがあるんですね! 教えてくれてありがとうございます!」


「悪魔だよ、キミは悪魔だ。酷い女だ。信じられない。見た目からは想像もつかないような……黒い女だよ」


「嫌だなあ歪さん、私の事そんな風に言わないで下さい! 私は基本良い子ですよ? ただ――」


 最後に、飛び切りの笑顔をした後。


「私の事殺そうとした事、怒ってますからね」


 頬を膨らませて言う逆廻真凛は、相変わらず悪魔に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る