リビングデッド・ラヴァーズ③

「いやあ、突発的にやって来たけれど、中々どうして良い物件じゃないか」

 

 戸締りを終えてリビングに戻ると、退屈そうに座布団の上に座る桜に対して言った。


「桜、退屈?」


 携帯の電波があまりよろしくないのは、年頃の女の子には少し辛いかもしれない。尤も、桜は元より携帯を離さないタイプの子ではないので、そこまで心配はしていないが。


「んーん、けど、少し暑いなって」


「ああ、そうか。冷房つけないとね」


 言って、僕はエアコンのスイッチを入れた。


 仕事依頼により急遽やってきた声合の村。世界から隔絶された前時代的な集落ではあるが、この家自体はリノベーションも済んでおり、なんら不自由がない。一階建ての家屋は古めかしさこそあれど、それもまた味となり、生活する上での不便は取り除かれているから申し分がない。

 

 申し分はないけれど、夏の夜に家を閉め切りというのは少し辛い。


 深くんに付き添って貰った村人への挨拶。こんな突然の新参者が受け入れられるか心配であったが、どの家の人も暖かく迎え入れてくれた。

 

 その中でやたらと強く言われたのは、夜の事。野犬や害獣が出るから、夜は戸締りをする事。幾ら暑くても、開けっ放しにしてはいけない、と。

 その点だけは厳しく、雨戸まで閉めろという徹底ぶり。しかし、ここで楽観視するのは死亡フラグだ。これだから都会育ちは、と言われる訳にもいかないので、言われた通りに実行した。


「いやあ、鮎炭凉ちゃん可愛かったねえ。家族思いな風だったし」


 僕はテーブルを挟んで桜の対面に座りながら、挨拶周りで出会った凉ちゃんの事を思い出していた。

 清楚な見た目に、少しの会話で伝わる人柄の良さ。深くんのお姉さん的存在というが、面倒見が良いというのも最高だ。深くん自体はそんな事ないと否定していたが、その返答はその返答で、深くんの弟っぽさを増長させている。


「お兄ちゃん、緋奈巳さんに怒られるよ」


 そんな僕を蔑んだ目で見て、桜が言う。


「ん? どうして緋奈巳ちゃん? 彼女は今関係ないだろう?」


「はあ……なんでもない。一片お兄ちゃん、それより、今回の事教えてよ。私、あんまり説明されてないんだけど」


「ああ、そうだったね、ごめんごめん」


 溜息交じりの桜に言われて、僕はスーツの内ポケットから写真を取り出した。


「こいつを捕えるのが今回のお仕事。冷然院から直接の依頼だ」


 テーブルの上に置いた写真に写る男は、金色の長髪に堀の深い顔。その中で光る瞳は、青い。


「外国人さん?」


「ああ、名前はベルデマット・マクマフォン。オクラホマを拠点にしていたネクロマンサーだ」


「ネクロマンサー?」


 差し出した写真を手に取りながら桜が言う。


「死霊魔術、ネクロマンシーを扱う人の総称さ。死体を動かしたり、霊魂を扱う……まあ、この世界に多いのは死体を操る術式だね。蘇りは彼等の手に余り、霊魂の存在はまだこの世界で確認されていないから」


「ふうん……ソンビ使いだ」


「そんな認識で良いよ」


「それで、なんでこの人を捕まえるの?」


「単純な理由さ。自分の研究の為に墓荒らしと殺人を犯した。アメリカは協会がしっかりしているから即座に討伐対象になったのだけれど、討伐に訪れた協会員を返り討ち。その協会員が中々の手練れだったらしくてね、その死体を囮に国外脱出。そして、その脱出先が迷惑な事にこの国って訳さ」


「へえ」


 僕の説明を聞きながら、興味なさそうに写真を凝視する桜。

 桜が家に来てもう四年になるが、この子はまだ僕には計り知れない部分がある。時より、思考が読めない。尤も、それが可愛い部分ではあるのだけれど。


「ベルデマットの足跡を辿り、潜伏していそうな場所に当たりを付けて各地を抑える。ネクロマンサーの潜伏先は、その能力の都合上限られて来るからね」


「そうなの?」


「そうさ。死体を扱うのだから、死体のある場所さ。放棄された墓地、自殺の名所、エトセトラエトセトラ。冷然院やその協力者だけでなく、父さんやも出張っての包囲網。どこかに引っかかるだろうね」


「じゃあ、この声合周辺にもそういう場所があるの?」


「いいや、此処は別さ」


「別?」


 僕は眼鏡を外し、少し声を低くして言う。


「死霊魔術師は、死体がない場合どうするでしょうか?」


「作る」


 僕の脅かそうという意思とは裏腹に、桜は表情一つ変えず、そして考える素振りもなく答えた。


「……正解。だから、世間から隔絶された集落はうってつけ。まあ、声合は電波も微弱ながら入るし、このご時世秘密裏にってのは難しいけれど、候補である事には変わらない。だから、此処に僕達が派遣された訳さ」


「そうなんだ。でも、それならお姉ちゃんじゃだめだったの? どうして私?」


 首を傾げる桜は、僕に写真を返しながら尋ねる。


「簡単さ。万が一僕になにかあった時の保険」


「保険?」


「そう。桜が僕と同じくらい強いから連れて来たんだよ」


「……そうなんだ」


 また、桜は興味なさそうに返事をする。


 一応、日本最強だ、と伝えた様なものなんだけれど、桜にとっては確かにそんな事実は必要がない。そして興味がない。


 悪辣なる東雲家の粋を集めた成功体、東雲桜。爆発する暴力は僕に引けを取らないけれど、完全に自身の制御下にある分、通常の僕よりは強い。


 強いけれど、それは桜の持つ力の事であって、桜自身がまだまだ未熟だ。出来ればなにもないのが好ましいけれど、今回の事で桜にとって自分を変える機会になればいいけれど、その感情は妹を心配する心と相反する。


 桜にとってははた迷惑な話だ。桜は僕とは違って、作られたから生きるしかなかった。


「まあ、基本は僕がやるから、安心して。さて、そろそろご飯にしようか」


 言って僕が立ち上がると、桜も一緒に立ち上がり、台所へ。

 持ち込んだ冷蔵庫の中には、たらふく買い込んだ冷凍食品がある。成長期の桜の事を思えばもう少しまともな、とも思ったが、冷凍食品は冷凍してあるだけなのだ。体に悪い訳がない。尤も、本心としては、一々街まで買いに行くのが大変だったからだ。


「そういえば、お兄ちゃん一番の懸念事項が解消されて安心したよ」


「けねんじこう?」


 冷凍のピラフを取り出しながら僕が言うと、桜が首を傾げる。


「心配事さ。桜に新しい環境で友達が出来るか心配してたんだ。ほら、桜今の学校でも時間がかかったから。深くんと一緒に帰って来て安心した。人見知りの桜をこんな環境に押し込んで申し訳なかったんだよ」


 何気ない会話の筈だったけれど、それで桜の挙動が止まった。

 桜は冷凍庫から冷凍パスタを取り出して、動きを止めた。それに気付いて僕が桜を見ると、いつもの無表情とは違い、少し微笑んでいる様に見えた。


「朝霧くん、優しいから」


 それだけいって、桜はパスタを電子レンジに入れてリビングに戻って行った。


「ん?」


 んんんん?

 あれ? なんだこれ、どういう事だ。


 お兄ちゃん、そんなの聞いてない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る