閑話

「四国で祭具が呪いへと堕ちたらしい。行ってくるよ」


「行ってらっしゃい、兄様」


 兄様は、友人と出掛ける時と変わらない足取りで家を出た。


「ロシアからの密入国者だ。やたら強いらしいから、俺が出る」


「お気を付けて、叔父様」


 叔父様は、まるで子供が遠足に行くかの様な笑顔で家を出た。


「緋鎖乃、行ってくるわね」


「行ってらっしゃい、姉様」


 姉様は、いつも同じ表情で、同じ足取りで家を出た。広い玄関で見送った時も、門の前まで見送った時も、一度も私に振り返らずに、家を出る。


「ただいま。どうにか収拾したよ、皆喜んでいた」


「お帰りなさい、兄様」


 帰って来た兄様は、出迎えた私の頭を撫でてくれた。


「帰ったぞ! いやあ、愉しかった」


「お疲れ様、叔父様」


 帰宅した叔父様は、満足気な表情で私を抱き上げた。


「……」


「姉様、お帰りなさい」


 姉様は、浮かない顔で帰宅した。


「姉様? どこか悪いの? 大丈夫?」


 心配する私を姉様は抱き締めた。無言で、抱き締めた。


「大丈夫……なんでもないから。ただいま、緋鎖乃」


 私を抱き締める姉様の顔が見えなかったけれど、涙声だったのははっきりと分かった。

 私には、姉様が泣いている理由が分からなかった。姉様のそんな姿を見たのはその時が最初だったし、最後でもあった。


 私がまだ、幼かった頃の話。九歳とか十歳とか、少し遠い昔話。

 とても、悲しくなった話。

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