第89話 西都市の歴史と工事

 防護壁の補修工事についての話を師匠から聞いてまとめてみた。ついでに西都市開発の歴史も。これを知らずに痛んだ部分を直すだけ、という対症療法的なやり方だと長持ちはしないだろう。

 もともと西都市は、平野にあった丸い窪地くぼちふち土塁どるいを作って防衛ラインとした開拓村だったそうだ。そこそこの水量がある川も近くに存在し、そこから生活用水や農業用水を引いている。王都が農業で大きくなった都市であるのに対し、西都市は北都市に次ぐ工業の街。鉱山も近くにあるという。鉱毒は大丈夫なのだろうか。

 ともかく窪地のふちにあたる場所が盛り上がっていたのを利用し、柵、土盛りから石壁を経て現在の城壁に囲まれた都市に発展していったそうだ。100年ほど前のモンスター襲撃の際にはすでに城壁のような状態だったそうな。

 ギルド幹部のベック師匠やヘンリーさんが都市の発展に貢献した人物だと以前に聞いた。ヘンリー師匠は祖父の代に西都市に来たらしい。逆算すると……


 え?

 おかしい。計算が合わない。


 100年前には西都市は今とほぼ同じ姿。「都市の発展」が物理的な規模を表すのであれば、発展に貢献したベック師匠やヘンリーさん一家は100年以上前からここの住人だということになる。

「ベック師匠、今おいくつですか?」

 念のため。念のための確認だ。

「164だが、それがどうかしたか?」

 ですよね。岩妖精ドワーフのお爺さまの血が流れてますもんね。

「ヘンリー師匠はおいくつでしたっけ?」

「あいつはたしか……70かそこらだ。若作りなのはエルフ系の傍流だからとか聞いたぞ」

 齢15+30の俺は若造にもほどがある世界だった。


 それにしても、どうしたものか。

 話を聞く限り、大地が盛り上がっていて、そこに土をさらに盛って、岩で覆って壁にしている。補修が必要な箇所はその岩と土が崩れてきている部分だ。前の世界だったら岩かコンクリートブロックを並べて金網でカバーするような工事なんだろうけれど。

 思い出せ。一度、試算用ソフトの開発を請け負ったはずだ。それの項目に工法の一覧があった。用途別メニューにデータベースを作った経験がある。範囲や条件を入力して費用概算を算出するコードも書いた。実際の工事は分からなくても、だいたいこういうやり方、というのは担当さんに説明してもらった経験がある。

 現場でなんやかんや作業をするより部品を先に作っておいて、現場で組み立てるやり方のほうが効率はいいはずだ。

 なにがあった? どんなやり方が最善だ?

 俺は本職じゃない。ならいくつかアイデアを出して、プロにどれがベストか検討してもらったほうが確実だよな。


「いくつかやり方を思いつきました。でもこれは鍛冶ギルドの仕事じゃないです。土木の本職さんにどのやり方がいいかを確認してもらわないといけません」

「うん、それでいいだろ。どうせ意見ネタ出しを頼まれただけだ」

「なら後で書面にまとめて提出します。一応、建材として鍛冶ギルドが関わる部分もあるとは思いますので。小規模の工事で試してみて、それから採用を決めた方が安全ですね」


 ソイルクリート工法、格子枠ブロック工法、ESネット工法、各種アンカー工法など、思い出せる限り色々と提案してみた。結局採用されたのはアデムウォール工法、に似た・・やり方だ。内壁の骨組みのように引っ張り強度に優れたワイヤーメッシュを埋め、コンクリート外壁のアンカーとして結びつける方法。内壁と外壁を別にしてしまうことで土を固める時の圧力が外壁に伝わらずに済む。コンクリートの外壁は別の場所で量産しておけば現場ですぐに組み立てられる。風雨にさらされる部分はコンクリ、ベースは土盛り。コストと手間と強度のバランスがいい。数年以上持てばいい、というのであれば粗い素材の土嚢どのうにネットを掛けて草を生えさせる、技術的にはお手軽な方法もある。しかし、モンスターも出没する西都市なので強度を優先したのだろう。

 本来ならば防弾チョッキなどに使われるケブラー素材で内壁を補強するのだが、残念ながらそんな素材はこの世界にはまだない。なので金属ワイヤーで作ったメッシュと防錆ぼうせい塗料で代用する。金属ワイヤーメッシュの編み方については本職さんにお任せしよう。場合によっては機織り職人さんに意見を求めることにもなるだろう。引っ張りに強い織り方とか伸び縮みの少ない織り方とか分からないもん、俺。


 やっぱ俺、企画屋になってるわ。本職は銃鍛冶ガンスミスだと言い張りたい……。

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