第85話 魔法はないがちょっとした手品はできる

 ダークエルフ、もとい色黒な森妖精エルフのエイブリー・マルメさんが今日も銃器を見に店頭にやってきている。

 ミリーは買い出しに行ってしまっているし、ベック師匠はギルドの仕事で留守だ。なので自分が相手をしなければならない。


 エイブリーさんと世間話をしつつ、合間にヘンリーさんがショットガンのトリ弾を買いに来たり、ほかのハンターさんがシカ弾や.44口径弾を買いに来たり。客がいなければエイブリー・マルメさんと情報交換。と言ってもこっちはたいしたことも知らないので東開拓村での「僕」の経験談や「俺」になってからの鍛冶仕事の話をする程度だ。


「コーヒーのおかわりはいかがです?」

「では、遠慮なくいただこう」


 エイブリーさんは旅の話を延々している。喉を湿らせる頃合いだろう、と時々おかわりをそそぐ。エイブリーさんの話はなかなか面白いが、わざわざメモをして警戒させるのもなんだし、カウンターでタバコを吸いながら相づちを打ち、手慰みにトランプをいじる。

 ちなみに店頭での喫煙はベック師匠に許可されている。作業場やシューティングレンジでは禁煙だが、店内で銃弾を扱わない場合は喫煙可だそうだ。シューティングレンジの隅にも喫煙スペースは用意してあるのだけれど。これは分煙というより火薬を扱う時に危なくないように、という配慮だろう。

 紙製トランプをシャッフルしながらエイブリーさんの、どこそこでハグレを斬ったとか、群れに遭遇して手持ちの火力が力不足だったとかの話を聞く。トランプを弄っているのは黙って聞いていると間が持たないのと、銃器整備をしながらだとそっちに気を取られすぎてしまうからだ。トランプを弄るくらいが丁度いい。これなら視線を手元に落とさずにやれるからね。

 話をしながらシャッフル、カットやファン、スプレッドをハデに魅せるフラリッシュ、etc…… 指先の慣らしに丁度いい。指の上でコインを移動させるようなもの。これもコインを使うフラリッシュの1つだ。

 生前、というと語弊があるのだろうが。前の世界では趣味レベルでトランプマジックやコインマジックもたしなんでいた。主にモテたい、とか会社の宴会での一発芸ネタとして。趣味の1つだ。

 ……俺の趣味、一人でやれるものばっかりだな。手巻きタバコとかエアガンとか文具集めとか。それでも客先で話のネタにはなるので割と重宝したんだよ。おしゃれな文具ネタでウェブデザイナーさんとの話のきっかけに、と持ち込んだ海外製メモパッドが、年かさのお客さんに誤爆して食いついてきた時はビビったけれど。おかげでお客さんとウェブデザイナーさんとの間に俺が入って調整役になったりしたのはいい思い出。話のネタはいくつあっても困らない。


 さて。世間話をしつつフォールスカットというトランプの束を3つに分け、ブロックを入れ替えている(ように見える)のに、最初と順番が変わらない技と、フラリッシュというトランプのブロックをハデに分割して魅せるやり方を組み合わせ、時々一枚を相手に見せつつ何回も繰り返す。でもその見せる一枚が毎回変わらないというテクニック。しかも手元を見ずにエイブリーの話を聞いて相づちを打ちながら。前世と合わせて数ヶ月ぶりの練習なので、時々カードを取り落としたりと失敗はしたが、それなりに興味は引けたようだ。


「その、御仁はギャンブラーかなにかを副業にしているのか?」


 いえ、ただの技術屋です。器用なほうが都合がいいので指先のトレーニングとしてやってるんですよ、とごまかす。ギャンブルのイカサマテクニックとしてやるのならフラリッシュはやらないほうがいいだろう。

 なんにせよ、マジックのネタは忘れないうちにノートに書き残しておいた方がいいかもしれない。どんどん「俺」と「僕」の境界が曖昧になってきている気がする。今はまだ「俺」が8割以上優勢だが、銃の手続き記憶についてはどんどん混ざっていっている感覚が強い。もともと「俺」と俺の世界で体験していなかったこと、学んでいなかったことを取り込むたびに「俺」が薄くなっていっているようだ。

 薄くなるというより新しい「自分」が構築されていっているといったほうが正しいか。「俺」が消えても意識は連続しているだろうから困らないかもしれないが、せっかく別の世界の知識が生存に有利に働くのだ。それを失うのは怖い。


 ベック師匠はヘンリー師匠、旅のエイブリーさんから得た知識、情報を「俺」の知識と組み合わせて、少しでも有利になるように生きて行くすべを模索すべきだろう。

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