第55話 ナイフやダガーを造る理由

 俺はフォールディング折りたたみナイフを信用していない。

 唐突に何をいっているのか分からないと思うが、俺のナイフに対する考え方というものを一度整理しようと思ったのでノートに整理していく。

 ノートに「ナイフを造る理由」と大きくタイトルを書き入れる。

 ナイフはほとんどの場合、道具として扱われる。ウサギを捕らえて皮をぐ、肉をさばく、ちょっとした細工、ほかにもいろいろな用途がある。この世界では街中でさえ誰でも常に持ち歩いている、手放せない道具だ。

 この世界では喧嘩の時にはナイフより拳銃が先に出る。酒場では数日かそこらごとに「イカサマしやがって!」などと荒くれ者が吠え、銃声が鳴り響く。とっさの時に手が伸びる身近な武器が銃だ。だが。

 前の世界で見聞きしたニュースでは、特にアメリカで銃犯罪に対する処罰がそれなりに重かったせいか、銃以外の、たとえばナイフを武器に扱った喧嘩も多かったという。つまりナイフは人を害するのに十分な道具なのだ。でもこの世界ではそういう認識がほとんどない。せいぜい縛られた時に脱出する、警備の銃を奪うために背後から押しつけて脅すくらいなもんだろう。

 だがナイフの利点はその隠密隠匿性にある。隠し持つのに十分なサイズで、極近距離であれば殺傷するに十分な威力があるのだ。

 もちろん無闇矢鱈と振り回しても離れたところから銃でズドン、ジ・エンドだ。皮の厚いモンスター相手にもほとんど致命傷は与えられないだろう。しかし今後、他の都市に行った時。とっさに身を守る、ミリーを逃がす、という時にはナイフは隠し武器として有用ではないか、と思い立った。

 刺してよし、切ってよし。だが確実に刺したいなら折りたたみナイフは強度が足りない。構えるまでに開くアクションがあるのも面倒だ。

 極近距離なら死角から急所にさっと一撃。敵に仲間がいてもその攻撃は見えない。その隙に銃を抜ける。その場合、大概が刺突となる。鼻っ面を突きつけガンを飛ばされている時、あばらの下から横隔膜付近を掠めつつ肺か心臓に一撃。刺突以外なら喉か内ももを切り裂く。もしくは腹の中央に何回か刺す。この時フォールディングナイフだと開く手間がかかる。刺した時に刃と柄ががっちり固定されていなければ深く突き刺さらない。場合によってはナイフ自体が壊れる。

 この世界のチンピラがナイフや銃を持ってるのは北都市遠征の時に見かけた。相手が銃を持っていたらやっかいだが、鼻っ面をつきあわせたような位置で脅してきたのは俺の銃を抜かせないためだったのかもしれない。

 太くてでかいナイフや鉈なら一般人相手に威嚇効果はあるかもしれない。しかし俺やチンピラなら銃を抜いてなんとかするだろう。つまり隠し武器としてナイフを携帯する利点は十分にある、と俺は判断する。

 人を殺して平気でいられるか、などということは今は考えない。道具を用意して、効率のよい使い方を練習して備える。使った後のことはその時考えればいい。やれることをやらずに後悔はしたくない。やった上での後悔はその時考えよう。


 優先順位を間違えるな。俺に言い聞かせる。

 俺がこの世界で生き延びるのが第一だ。

 身内や家族を守る。これが第二。

 それを実現させるための努力を怠らない。用意出来る物は用意する。ないものは造る。知らなかった、で済まされないことが起きないように日々の勉強も欠かせない。

 北都市への商隊護衛旅行での経験は俺の意識を切り替えさせるに十分な経験だったはずだ。無事に戻ってこられたからいいようなものの、ヘタをしたらモンスターとチンピラ相手に二回は死んでいたかもしれない。そしてその二回のうち一回でも失敗していればミリーは……。


 思い出せ。前の世界でどれだけ後悔した?

 思い出せ。前の世界で自分のミスで何人に迷惑を掛けた?

 思い出せ、前の世界で得た知識を。この世界で役立つかもしれない情報を。


 自分を追い詰めて良いことがないのはよく知っている。

 しかし焦りがないとその日、一日を漫然と過ごしてしまわないか?

 それで満足してしまうのではないか?

 そしていざことが起こった時には。


 後悔先に立たず。それはもう嫌なのだ。

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