現在 その四

 あたしたちは二年前と同じ道を歩いた。二年前と違う点は、今日のあたしは地図を持っている、ってこと。地図を見て、この道について分かったことが一つ。もちろん、本当に道がゆっくりと弧を描いていて、あたしたちはそうやってできた輪っかをひたすらループしていたのでした、なんてオチではない。その道は実は廃れた国道で、あたしたちはひたすら帝都と反対方面に歩いていたのだった。彼女の方向感覚のよさに、あたしは今さらのように驚く。もしかしたら鼻の中に磁石でも入っていたのかもしれない。


「疲れてない?」


 あたしはたまに、数歩後ろについてくる少女をそうやって気づかってあげていた。それ以外はほとんど無言。あたしも彼女の妹も、ずっとろくろを回すように考え事をしていた。あたしが考えていたのは、二年前のことの顛末。少女はきっと、この道に彼女の痕跡を見つけようと必死だったのだろう。


 数キロ歩いたところに砂漠の真ん中のオアシスみたいにファミレスが建っていて、あたしたちはそこで昼食をとることになった。店内の時計の針は十四時を少し過ぎたところを指している。そろそろ、二年前のあたしと彼女も到着する頃だろう。そしてあたしはシーフードのドリアを頼む。彼女はカレーライス。今のあたしたちも、注文を取りに来たウェイトレスに同じものを頼んだ。それから、あたしは席を立って、一度お手洗いへ向かった。そう、二年前も、同じトイレに入ったんだ。そして、彼女に黙ってケータイを出して、あたしは彼女の家に電話をした。家の番号は連絡網のプリントから知っていた。もちろん、一度もかけたことはなかったけど。


 そこであたしは、幼い声で彼女の苗字を名乗る女の子に、今あたしたちがいるレストランの店舗名と、これから逃げる方向を伝えた。今思えば、その女の子が彼女の妹だったのだろう。あたしはそうやって消極的でズルい方法で、あの逃避行に終止符を打とうとしていたんだ。最後にあたしが伝えたことは黙っておくように口添えして、電話を切った。あたしは何食わぬ顔で席に戻って、そして彼女にこう言った。そろそろ、逃げるのをやめにしない、って。


「旅路はここで終わり」


 ファミレスの席で彫刻みたいに座っていた少女は、意味が分からない、と言うような視線をあたしに向けた。このファミレスで終わりなわけがない、そう言いたいんだろう。


「もちろん、ここで終わりってわけじゃないさ。だけど、ここから先の経路はあたしも知らない。それを知ってる人がいたら、それは彼女だけだよ」

「でも、姉は……」

「そう」あたしは少女の言葉を遮るようにうなずいた。「だからここから先は、あたしが経験したことだけを教えておく」


 あたしはいつの間にかテーブルに置かれていたお冷やに口を付けた。


「このファミレスに着いてから、あたしは彼女の家に電話をした。そのときに出たのは、君だったね?」

「はい、たしかに」


「その後、あたしは彼女に逃避行の終了を持ちかけたんだ。すると彼女は、全部諦めたみたいな顔でうなずいた。そうだね、もう終わりにしよう、って。だからあたしはそこで彼女が逃げるのを諦めたんだと思ったんだ。だけどそれは違った。その瞬間からしばらくの記憶が、あたしにはない」


「記憶が?」


「そう。薬を盛られたんだ。気付いたら彼女はどこにもいなくて、あたしは駅のホームにいたようなスーツ姿の四人組の男たちに囲まれていた。すごくびっくりしたよ。でもその場所はこのファミレスのままだったから、あたしは少し安心した。男たちにどこかへ連れ込まれたわけじゃない、って分かったから。男たちはあたしに教えてくれた。あたしからの連絡があって来てみれば、そこにはすでに彼女はおらず、代わりにファミレスのテーブルには突っ伏して眠りこけている迷惑な客がいた、ってね」


「姉は一人で逃げたんですか」


「そういうこと。たぶん、あたしにもう逃避行についていく気がないってことに、彼女は気付いてたんだ。もしかすると、ここから先の旅に、あたしを巻き込みたくなかったのかも。あたしは彼女がもう行ってしまったことに気付いてから、急にいやな予感がして、慌ててリュックの中身を探った。予感は的中。彼女があたしに頼んだ例のものが、そっくり抜き取られていた」


「例のもの」少女は透明なインクで書かれた文句を読むような調子で言った。「それは、拳銃?」


 あたしは答えない。


「男たちは彼女がいないことを確認すると、店から出て行った。あたしは慌てて追いかけて、そいつらのうち一人を捕まえて、彼女を捜索するならあたしも一緒に連れて行け、ってねだったんだ。すると男たちは意外とあっさり承諾してくれた。もしかしたら、あたしなら彼女を説得できると思っていたのかも。あたしは男たちが乗ってきた白いバンに乗せられた。バンの中にはモニターが沢山並んでいて、その中の一つはあたしたちの住む町の地図を表示していた。赤い点が、なにかの居場所を示すみたいにあたしたちの通っていた高校にプロットされていて、あたしはすぐに、それが彼女の左足の小指がある場所だって勘付いた」


 あたしはそこで一息ついた。ウェイトレスが注文の品を運んできたからだ。あたしはドリアにスプーンを突き刺して一口食べてから、再び口を開く。


「男たちはどこかと連絡を取り合いながら車を運転していた。どうやらだいぶ目星がついてきていたみたいで、車は迷いなく西の方向へ進んでいた。あたしは薬の影響でか分からないけど酷く酔っていたから、ずっと一番後ろの席で横になってたんだけど、あいつらが言ってた言葉は途切れ途切れに聞こえていた。盗難車がどうのとか、車のナンバーっぽい数字とか、地名とか、そんなことだったと思う。やがてあたしは眠りに落ちて、次に目が覚めたときには空はオレンジ色で、あたしは近くにいた男に何時か聞いた。男は十八時だって答えた。助手席に座っていたやつがあたしの方を振り返って、すごいいびきだったな、って笑ったから、あたしは思いっきり睨んでやったけど、すぐに運転席の男がそいつの頭をはたいた。けっこう話の分かりそうな連中だったから、あたしは安心していた。そして、それからしばらく走って、急にバンは停まって、男たちはなにやら小声で話し合ってから、助手席にいたやつとあたしの近くにいたやつの二人が下りていった。あたしは身を起こして窓から外を覗いた。すぐ近くにボロい軽トラが停まっていて、そして、」

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