現在 その二

「ご足労ありがとうございます」


 二年前の記憶を追体験していたあたしは、その一言によって現在へ引き戻された。あたしは目の前に立つ、あたしよりも一回り小さい少女の姿を見下ろす。少女はあたしが通っていた高校の制服姿で、おそらくは現役の高校生なのだろう。確かに彼女に似ていたけど、近くで見れば違う点ははっきりと目についた。まず、二年前のあの日の時点の彼女は、ヘルメットからはみ出すくらいの長さの髪を持っていたはずだ。それに対して目の前の少女は、二年前のあたしと同じくらい短い髪型。顔立ちだって違う。目元や鼻の形は彼女そっくりだけど、目の前の少女のほうが唇は薄いし、第一この少女には右目の下に彼女にはなかったほくろがある。だから、この少女は彼女ではない。あたしはその事実を認識してから二回深呼吸をした。それにしても、似ている、と思う。少し化粧でごまかせば、彼女が再びあたしの前に現れた、と言われても信じるだろう。


「妹さん?」


 少女はうなずいた。


「あなたは……高校時代の姉の、一番の親友?」


 あたしはちょっとためらいながらうなずいた。親友、ときかれると、微妙なところがある。だって、あたしたちは互いの家がどこにあるかも知らなかったし、休日に約束して遊んだこともなかった。学校を離れれば会うことはない。あたしと彼女はそんなマジックテープみたいな関係で、彼女と一緒にお出かけをしたのはあの家出もとい逃避行が最初で最後だ。


「いきなりお呼びたてしてごめんなさい」


 少女が頭を下げる。


「それじゃ、行きましょうか」


 少女の足元には、潰れたスクールバッグの代わりに丈夫そうなリュックがあった。はち切れんばかりに膨らんでいて、これから旅行でもするかのようだ。いや、まさしくその通り。これからこの少女はちょっとした旅行をするのだ、あたしと一緒に。彼女とあたしが二年前に通ったあの道を、あたしたちはフェロモンを追うアリみたいにトレースする。


 今回の同行者は、どうやら家出のつもりも逃避行のつもりもなかったらしい。制服を着ていた理由も、その方が待ち合わせをしやすくなるから、というだけだった。あたしは少女に道路の端に停められたベスパのところまで案内された。彼女が運転していたベスパと、おそらくは同じものだ。森の中に隠した木は誰かが見つけてくれたのだろう。あたしは受け取ったヘルメットを被る。二年前と違うことが、ここにも一つ。運転席に座るのは、彼女ではなくあたしだってこと。


 ベスパは町を抜けると、山間の道を一時間半ほど走って衣前の市街地へ入る。この二年の間で衣前はすっかり様変わりしていて、見捨てられた町の様相はすでになく、道に並ぶ建物にも人の気配が満ちていた。大戦が完全に終結したのは二年前の一月だから、あれから疎開中の人々が少しずつ戻ってきたのだろう。目的地に近付いたため速度を落とすと、あたしのお腹に巻き付いている腕に意識がいった。


「寒くなかった?」

「ここはどこですか?」少女がきいた。

「衣前。そろそろ駅に着くから、そこで電車に乗り換える」


 衣前駅に着いた。あの日のままの小さな駅。あたしはベスパを放置自転車の中には隠さずに、駅に併設された有料駐輪場に停めた。今度は二人とも、ICカードを使った。

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