現在 その一

 あたしは電車の中で目を覚ました。懐かしい夢を見ていたような気がする。二年前の春の終わりの夢。彼女の吐息の名残が、あたしの耳元辺りにまだわだかまっているようで、あたしはしばらくその感触を楽しんだ。それから、車内案内のディスプレイを見て、目的の場所まであと数分ということを知る。あたしが乗っているのは帝都から下る電車だ。行き先はあの町。あたしが高校時代を過ごした地方都市。大学の入学式があってからは一度も行っていなかったから、そこへ行くのは丸々一年ぶりだった。


 きっかけは三日前に届いた一本のメールだ。そのメールはあたしが夕飯のビーフシチューをルームメイトと一緒に作ってるときに届いた。短くてシンプルで、最初は雑なスパムかとも思ったけど、文中に彼女の名前があったから、あたしはいちおう本文に目を通しておいた。内容は、あたしをあの町のあの駅へと呼び出すもの。差出人は、彼女の妹。あたしはそのメールを慎重に別のフォルダに移した。誤って消してしまうことのないように。それから、しばらくやり取りをして、行ってみてもいいかもしれない、と思ったあたしは、土日を利用してこの町へ戻ることにした。


 あの駅に電車が停まった。ドアが自動で開いて、あたしはそこから車両を降りる。駅のホームは閑散としていて、そこをアメンボみたいにふらふらと歩いた。体が勝手に懐かしんでいるのかもしれない。階段を上って改札を出ると、南口の風景はあの日のままだった。午後七時の空はすでに暗く、駅の前にはいくつかベンチが並んでいて、学校のプリントみたいに白い街灯の光がベージュのブロックが敷き詰められた地面に陰影を作っている。駅の建物を一歩出ると、春の終わりの涼しい風が、大学に入ってから伸ばし始めたあたしの髪をあおる。


 そして、あたしは、見た。


 そこには彼女がいた。

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