箱の中身
廊下を歩く足音が聞こえ、姫は開いていた小箱のふたを閉じました。
「お母様」
部屋にやってきたのは幼い少女でした。
姫の娘は目に涙を溜めていいます。
「どうして私にはお父上がいないのですか?」
「まあ、また誰かにいじめられたの? お前が産まれる前にお父上は亡くなられたのですよ」
この会話は母娘(ははこ)の間でなんどもくり返された物でした。だから、その後娘がなんというかも姫には見当がついていました。
「お父上は、どんな方だったのですか? 立派な方だったのでしょう?」
姫は薄く微笑みました。どこか皮肉気な笑みでした。
「ええ、もちろんですよ。病で亡くなってしまいましたが、あなたのお父上は立派な方でしたわ。だって、たった一人で鬼を退治したのですから。それでその土地のお殿様からご褒美をいただいたのです。私達が今も何不自由なく暮らしているのはそのおかげなのですよ」
そのあとも姫が色々となだめたので、ようやく満足したのか自分の部屋へと戻っていきました。
姫は、ちいさくため息をつきました。
「立派なお方……」
その顔にはあざけるような嗤いが浮かんでいました。
(確かに、あの人は鬼を倒したけど……)
姫は、ある豪商の一人娘でした。優しい母親と、厳格だけれど尊敬できる父親と幸せに暮らしていました。
そこに、彼がやって来たのです。彼はめずらしい姿をしていたので、父はおもしろがって姫の従者にしました。
それからも、相変わらず幸福な生活が続きました。言われのない罪を着せられるまでは。
といっても何ということもありません、姫が台所の米を盗み食いしたというのです。
姫には身に覚えのないことでした。枕や口についた米粒が証拠とされましたが、それも姫には心当たりがありませんでした。
父は、姫にやったことを謝るように言いました。しかし、やってもいないことで謝ることはできません。
「飯がどうこういうのではない。自分の過ちを認めないのが許せないのだ」
結局、そのことで父との間がこじれ、姫は家を追い出されてしまったのです。なぜかついて来た彼とともに。
姫はゆっくりと膝に起きっぱなしだった箱を開けました。その中には茶色く干涸びた豆のようなものが入っていました。それはよく見ると、小さな小さな、指にも足りない若者の姿でした。古くなった着物もきちんと身につけていました。
屋敷を追い出され、たった二人連れになって、鬼に襲われ、助けられた時には本当に彼が仏のように思えました。
そして鬼が持っていた打出の小槌で人並みの大きさに戻った彼を見たとき、すっかり心を奪われてしまいました。
そして夫となった一寸法師と暮らすうち、姫はふと夫が友人に宛てた手紙をのぞき見してしまったのです。
そこには一寸法師が自分を手に入れたいがために、姫に濡れ衣を着せたことが得意気に書かれていました。こっそりと台所の飯を食い、米粒を姫の口や枕につけたことも。
夫は、自分勝手な欲で親と姫を憎み合わせることをしたのです。しかも盗み食いのような卑しい濡れ衣で。まだ金を盗んだといわれた方がよかったでしょう。
しかしいまさら本当のことが分かっても、家に戻ることはできないでしょう。
夫の枕元で打出の小槌を振り、「小さくなれ 小さくなれ」と唱えることは、姫には簡単なことでした。そして小さくなった夫を箱に入れ、硬く硬く紐で縛ることも。
娘が産まれたのは、その箱が動かなくなったその後のことでした。殿様にご褒美をもらったというのは嘘ですが、打出の小槌があるので、生活に困ることはありません。賢い娘ですが、ふと父親と似た表情をすることがあります。あの憎い夫とよく似た表情を。娘がそうした表情をするとき、姫は憎らしい気持ちになるのです。相手はかわいいはずの自分の娘でもあるというのに。
もしあの賢さが父親と同じ狡猾さになったら……
打出の小槌で小さくすれば、夫を入れてある箱にももう一人くらい入るでしょう。姫は、膝の上の箱をていねいにしまいました。
一寸法師あらすじ
小さな一寸法師は都に出て、姫の使用人となる。姫が寺へお参りに行ったとき鬼が現れる。丸呑みされた一寸法師は針の刀で鬼の胃を突き、鬼を降参然せると吐き出される。そして鬼が以ていた打出の小槌で並みの青年の背丈となり姫と結婚する。
これが一般的な話だが、お伽草子には他の話が伝えられている。
姫の使用人となった一寸法師は、寝ている姫の口に米粒を付け、姫が神棚の飯を盗み食いしたと嘘をつき、父親に姫を屋敷から追い出させる。二人は旅に出て、船に乗るがその船が難破。ある島につく。そして鬼を倒し打ち出の小槌を手に入れる。
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